「そ、そんなことこの先あるのかな?」
経験不足で男女のことに疎い私でも、拓海の言わんとすることはなんとなくわかる。
でも私たち、契約結婚なんじゃないの? 新しく物件を買うことも、部屋数が足りなくなるようなことも、そんな未来が私たちに訪れるの?
こんなことがあるたび、私も笑ってごまかしてはいるけれど。私には、拓海が何を考えているのかわからない。そのたびに戸惑ってしまう。
エレベーターを降り、拓海の部屋の前に立つ。解錠音がすると、部屋の中から可愛らしい鈴の音が聞こえてきた。
「ただいまー。いい子にしてたか?」
玄関のドアを開けると、小さな毛むくじゃらの物体が駆け寄ってきて、拓海に纏わりついた。拓海が不在だった時間を取り戻すかのように、夢中になってすり寄っている。
「ただいまこはる。お腹空いたでしょ、今ごはん出してあげるね」
ちょこっとでいいから、私にも撫でさせてくれないかなあ? そう思って手を出すと、興奮したこはるがシャーッと声を上げながら私に向かって牙を剥いた。
「こら、夏美にそんなことしちゃダメだろ」
「怒らないで拓海。……でも、なかなか慣れてくれないね」
ブリティッシュショートヘアのこはるは、拓海の知人の飼い猫の子どもだ。今年の春に生まれ、拓海がアメリカから戻ったあと、知人から頼まれて引き受けたという。
「春生まれだからこはるって、ちょっと安直じゃない?」
「……いいだろ、響きもかわいいし」
拓海はこはるのことを溺愛しているし、こはるはこはるで、拓海のことを自分だけの飼い主だと思っている。だから新参者の私が拓海に近づくのが、彼女には許せないのだ。
先輩である私を敬え、私より先に拓海に近づくな、という圧をひしひしと感じる。


