彼の家は、祖父の代から大きな弁護士事務所を経営していると聞いている。祖父に代わって代表となった父親を支えるべく、弁護士になるのが拓海の夢だった。

「ああ。先月アメリカから帰国して、父の事務所に入ったんだ」

「そっか……」

 優秀だった彼は、大学在学中に予備試験、さらには難関の司法試験を順調に突破し、卒論に取り組みながら、父親の弁護士事務所でインターンとして働いていた。卒業後は、アメリカでも弁護士の資格を取るために留学すると言っていたのを覚えている。


 努力を重ね、順調に確実に、拓海は自分の夢をものにしたのだ。

 それに引き替え、私は……。


「なあ、この後時間あるか? 積もる話もあるし、よかったら食事にでも――」

「……悪いけど、予定があるの。もう行くね」

 幼い頃からの目標だったプロ棋士になることもできず、知人の伝手でなんとか就職できたものの、周囲から行き遅れよろしく結婚をせっつかれている私には、今の拓海はあまりにも眩しすぎる。

「待てよ、せめて連絡先……」

「本当にありがとう。それじゃ」


 まだなにか言おうとした拓海を遮って、私は混み合うラウンジを後にした。