お見合い夫婦のかりそめ婚姻遊戯~敏腕弁護士は愛しい妻を離さない~

「祖父江?」

 聞き覚えのある名前にハッとする。まさかね。おじさまと彼に接点はないはず……。

「おお、待っていたよ。お通ししてくれ」

「かしこまりました」

 気まずそうな顔で私をチラリと見て、綾さんが下がっていった。嫌な予感がして、私も慌てて席を立つ。

「それじゃ、私はこれで失礼します」

「えっ、なんで?」

「なんでって、お客様ですよね?」

 ここに来るということは、少なくとも仕事の話があるのだろう。一平社員の私なんかが同席していたら、お客様を驚かせてしまう。

「いやいや、夏美ちゃんはそのままでいいんだ」

 首を傾げる私を見て、おじさまは満面の笑みを浮かべている。これは……もしや。

「……なぜです?」

「夏美ちゃんの恩人をやっと見つけたんだ。君もちゃんとお礼を言いたいだろう?」

 おそるおそる尋ねる私に、おじさまは褒めてくれといわんばかりの笑顔で言い放った。

「いや、結構で――」

「失礼します」

 逃げる前に、社長室のドアが開いてしまった。