「心配した。メッセージを送ったのに一向に既読にならないから」

 拓海に言われて、慌ててスマホを覗いた。『すぐに事務所を出る』とメッセージが入っている。

「拓海、心配かけてごめんなさい!話につい夢中になっちゃって、メッセージを開くのをすっかり忘れてたの」

「いいんだよ。とりあえず、無事でよかった……」

 私の方から『イベントは終わった』とメッセージを入れたにもかかわらず、自分が送ったメッセージに既読がつかなくて、よほど心配したのだろう。拓海は額に汗を浮かべ、息を弾ませていた。


「……そんなに焦らなくても、べつに彼女をどうこうするつもりはまったくないんだが」

 拓海のようすを見て、聖司さんは苦笑まじりの笑みを浮かべている。さすがの拓海もカチンときたのか、眉根を寄せて聖司さんを見ている。

 このふたり、本当に相性が悪いみたい……。


「そろそろ戻らなくては。それじゃ、俺はお先に失礼するよ」

「あ、自分の分は自分で払います」

 私の分の伝票まで持って行こうとした聖司さんを、とっさに呼び止めた。

「結構。貴重な一人の時間を邪魔したのは俺だ」

 そう言って、聖司さんは意味ありげにちらりと拓海を見ると、もう一度こちらに向き直った。

「そうだ、拓海くん。君は彼女に真っ先に手を差し伸べる権利があると言ったが、勘違いしてはいけない。たとえ夫であろうと、君には彼女を自分勝手な都合で縛りつける権利はない」


 黙って聞いていた拓海が、ぐっと手のひらを握り締めるのがわかった。やはり、私たちの結婚が普通ではないことが、聖司さんにはばれてしまったのだろうか。


「それじゃ」

 手早く会計を済ませると、聖司さんは振り返りもせず去って行った。