拓海以外の人に囲碁を教えるのは、かなり久しぶりだった。
子どもたちに教えるの、楽しかったな。あの男の子、囲碁を打ちながら目をキラキラさせてた。好きになって続けてくれたらいいな……。
今日一日イベントに参加して、痛いほどわかってしまった。
私、やっぱり囲碁が好きだ。
仕事も、思わぬ方向に進んでしまったプライベートも、それなりに楽しくて毎日充実しているはずだった。でもこういう機会に触れてしまうと、囲碁を打っていた日々が懐かしく思えてくる。
「……くよくよしない。実力が足りなかった自分が悪いんだから」
後悔はしないと、教室を畳んだあのときに決めたのだ。
アイスコーヒーを飲んでいると、「夏美ちゃん」と声をかけられた。
「……聖司さん」
「隣いいか?」
私が返事をする前に、聖司さんはさっさと座ってしまう。
「あの、聖司さんこんなところにいて大丈夫ですか? 外の人たち聖司さん待ちなんじゃあ」
ここにいることがばれたら、大変なことになるんじゃ……。
「ちょっと遠いし、植え込みもあるから気づかないだろ。すみません、俺にもアイスコーヒー」
私の心配をよそに、聖司さんは堂々としている。
聖司さんは講演会を終えたあと、たしかマスコミ対応をしていたはずだ。今日の運営にも携わっていると言っていたし、一日中走り回っていたはず。
しかし彼は汗一つかいておらず、涼し気な顔でアイスコーヒーを味わっている。


