「失礼します、清家です」
「ああ夏美ちゃん、突然呼びつけてごめんね」
両手が塞がっている私に代わって、綾さんがドアを開けてくれた。一礼して、社長室に入る。
豪華な調度品に、ふかふかのカーペット。いつ来ても、ここは別世界だと感じる。平社員の分際で、こんなに何度も社長室に入る人もいないだろう。
「おじさま、蛍光灯替えますね」
「ああ、頼むよ。いつも悪いね」
脚立に上り、ササッと蛍光灯を交換する。社長室というだけあって、普通の女子社員なら躊躇しそうな天井の高さだが、もう手慣れたものだ。
脚立を支えていてくれた綾さんにお礼を言って、荷物を片付けた。
「お疲れさま。今日は夏美ちゃんの好きな角屋の羊羹があるよ。堂上くんが用意してくれたんだ。こっちに座って一緒に食べよう」
相好を崩しておじさまが言う。早くに最愛の奥様を亡くし、子どもいないおじさまは、私のことを実の孫のように思ってくれている。とてもありがたいのだけれど、時にその愛情が重すぎると感じることもある。
連発されるお見合いが、いい例だ。
おじさまは、プロ棋士だった私の祖父の教え子だ。
祖父を『人生の師匠』と崇め、今でも崇拝している。そんな祖父から、『私が死んだら夏美を頼む』と生前託されていたらしいのだ。


