やっと電車が駅に着いた。




「ちょっと、休めば治るから。



もう、大丈夫だから」




そう言う紅葉に




「ばか言え。




顔真っ青だし」




駅のベンチを指して



「そこで、ちょっと休んで、



病院」




言いかける奏に




「…大丈夫。学校行くし」




「は?



マジで?」




「今日試験だから、行かないといけないの。




こんなきついの、今だけだから」




「…無理しない方がいいんじゃね?」




奏は言うけど




時計を確認した紅葉は




「もう、行かないと!



しばらくしたら。薬効くから




ちょっと、さっきよりは良くなったきた




気がするし…」





まだ紅葉の身体を支えている




奏の手に気づいて




離そうとする紅葉。





「ほんとに、大丈夫だから。



ありがとう。



もう、行って」



思いの(ほか)、突き放すように



強く、奏の手を外してしまう紅葉。




「あ…」



紅葉はちょっとためらったけど、



謝りそうになる自分を、抑え込んだ。




「ほんと、もう




いいから!」



そう、強い口調で言った。



その目も合わせない



迷惑そうな紅葉に




「…勝手にしろ」




行ってしまう奏。





…これでいいんだよ。




頼りない足で何とか歩き出す紅葉。




奏ちゃんとは




かかわらない。




そう決めたんだもん。



改札までが、



遠く感じる。



いや、がんばれ。紅葉。



もう少ししたら、痛くなくなるよ!




…たぶん。




なんとか駅を出たとこで、




キキっ。



少し甲高い自転車のブレーキ音。



え?



「乗れ」




うそ。




自転車で紅葉の前にきたのは



奏ちゃん。



何で?




ちょっと。怒ったような



呆れたような表情してるくせに




『乗れ』





「振動はがまんしろよ」



その言葉だけ残して




奏ちゃんは振り向きもせずに




自転車を漕いでいく。




紅葉が、掴んだシャツごしに



奏ちゃんの動く振動と



熱が伝わってくる。



「この自転車…」



言いかける紅葉の声



「後で返しとく」



ああ…そういうこと。




ペダルを踏む音。




ホイールが回る音を




置いていくようにスピードを上げる




自転車。




通り過ぎる風から




聞こえる奏ちゃんの呼吸音。



見慣れたはずの景色の中に




奏ちゃんの背中が




鎮座していて




はためくTシャツ。



時折腰を浮かして



紅葉を



紅葉の、ために




汗いっぱいかいて




自転車こいでる。




奏ちゃんに、




こんな




泣きたくなるなんて。


 

こんなことしないでほしくて。





こんなこと




して




ほしくなくて。




勝手に紅葉の中から



生まれてくるみたいな




目の前の背中に




抱きつきたくなるような




おかしな感情




知りたくなかったよ…。





校門のまえ。




辿り着いたのは



奇跡的に予鈴の鳴るころ。



坂ばかりの学校までの道を




全力で連れて来てくれた奏ちゃん。




ハンドルに被さるみたいに



うつむいてる。



ポタ。



ポタ。



荒い息のまま、汗が落ちる。




「そ、奏ちゃん」




ありがとうって言葉では足りないけど



ありがとう。そう言おうとする紅葉に




俯いたままの奏が



手首から追い払うように



手を振る。



『さっさと行け』



そんなニュアンス。



でも




「ほ、ほんとに、ありがとう」




だいじょうぶ?なんて言葉が



ずっと、続きそうな




紅葉。




奏が顔を上げる。





汗かいて




まだ、肩で息してる奏が




「…借りは返した」



なんて、真顔で言って




背中を向ける。




〝借り〝なんて




この前



電車で起こしたこと?





なにそれ。




きっと、まだまだ




動けないくらい




きついくせに。




きっと紅葉のために




去っていく奏ちゃんのその背中。




紅葉も回れ右して



背中を向けた。



紅葉は校舎へ急ぐけど、




紅葉の心のどっかは




きっと




奏ちゃんに連れてかれたまま。