昔、どこかからの帰り道、自宅前へと繋がる路地の真ん中にぼくは目を奪われた。そこではどこの誰かも分からない少年が空を見上げて、ただぼーっと立っていた。首だけを空に向け、何がそんなに気になるのか口が阿保の様に開いていた。真っ黒な前髪は目にかかるほどで、空を映し出す瞳を大きく開けていた。ぼくは「空に吸い込まれてしまうのではないか?」 などと思いながらその人の横を抜けていく。

 無機質なビルが列挙するこの街では、ビルの隙間から見える空は本当に小さい。その日も雲一つない青空ではあったけれど、変な形の雲があるわけでもなく、足を止めてまで見上げる価値など感じることはできなかった。それなのに、彼はおそらくぼくが横を通ったことすら気が付かないで、じっと食い入るようにその果てしない深い青を見つめ続けていたんだ。

 何もない澄んだ空はどうしようなもなく物足りなくて「なんて無駄なことをしているのだろう・・・・・・」 と思ったことを覚えている。それから僕が家のある角を曲がるまでの間に幾度か振り向いてみたが、彼はいつまでも変わらない空を見上げ続けていた。

 それから数年が経ち、15歳を迎える歳になった今も時折、彼のことを思い出す。あの日の空の色はもう忘れてしまった。何の用事で出かけていたのかも思い出すことはできない。けれど、空を見上げ続けていた彼の、その姿だけは何故なのだろう鮮明に思い出すことができる。

 何故あの日、その少年に目が向いたのか?どうして今でも時折こうして思い出してしまう程に、あの時の少年の、あの日の空の、あの行動が気にかかっているのか?そして歳はそう変わらない、少しだけお兄さんであろう彼の眼差しの先に何が映っていたのかは、今でも分からないままーー