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 ーー明日はいよいよクリスマス。

 といっても、自宅でのホームパーティーしか予定の入っていない私。
 ひぃくんと付き合っている事はもう知っているのに、二人きりでのデートは許してくれなかったお兄ちゃん。


(せっかくのクリスマスなのに……。恋人同士になってから、初めて迎えるクリスマスなんだよ? イヴの日くらい……ひぃくんと二人きりで、過ごしたかったなぁ……。お兄ちゃん、酷いよ……っ)


 不貞腐れた顔でひよこをギュッと抱きしめると、そのままベッドへ倒れ込む。


「一緒にツリー、見に行きたかったなぁ……」


 ポツリと小さな声で呟くと、そのままひよこへ顔を(うず)める。



 ーーーカラッ



 思わず、ブルリと身震いしてしまいそうな程の冷気が吹き込んだかと思うとーー。    
 その数秒後、私の頭にフワリと優しく触れた暖かい手。


「ーー花音」


 頭上から聞こえてきた心地よい声に顔を上げると、優しく微笑むひぃくんと視線がぶつかる。


「えっ……。ひぃくん、どうしたの?」


 確かさっき携帯を見た時には、まだ十九時を過ぎたばかりだったはず。
 そんな時間帯にひぃくんが窓をつたって来るなんて、珍しいのだ。

 不思議に思って見つめていると、小首を傾げてフニャッと微笑んだひぃくん。


「もう、ご飯食べた? 」

「えっ? ……あ、うん。食べた……、けど」


(……そんな事を、一々聞きに来たの?)


 ひぃくんの質問の意図が解らず、困惑する。
 そんな私を見たひぃくんは、クスリと小さく微笑むと私の身体を優しく抱き起こした。


「じゃあ、今から出掛けよっか」

「えっ? ……手掛けるって……、どこに? 」


 驚いた顔をみせると、私の頭を優しく撫でたひぃくんはフニャッと笑って小首を傾げた。


「ツリー見に行くんだよ?」

「……えっ!?」

「外は寒いから、ちゃんと暖かい格好してね?」

「えっ!? ツリー!? ……ツリー見に行くの!?」

「うん。そうだよー」


 そう言ってニッコリと微笑んだひぃくん。


「……っホント!? やったぁーっ! 急いで支度するねっ!!」


 勢いよく立ち上がると、抱えていたひよこをベッドへ放り投げてクローゼットへと走り寄る。

 そんな私を見て、ひぃくんはクスクスと笑い声を漏らす。


「そんなに大きな声出したら、(かける)にバレちゃうよ? 」


 そんなことを言いながら、私の放り投げたひよこを掴み上げてフニャフニャと手のひらで揉み始めたひぃくん。


「大丈夫! お兄ちゃんね、さっき用があるからって出掛けたの」

「翔、いないの? 」

「うん。酷いよね、 私には出掛けちゃダメって言ってたくせに……」


 ブツブツと文句を言いながらも、クローゼット中を物色する。



 ーーー!?



 不意に後ろから抱きしめられ、驚いた私はピタリと動きを止めた。


「……じゃあ、ゆっくりデートできるね?」


 耳元で甘く囁かれたその声に、ドキリと跳ね上がった心臓が急激に心拍数を上げてゆく。


「ゆっくり支度していいよ。また後で、迎えに来るから」


 私の髪に優しくキスを落とすと、顔を覗き込んで優しく微笑んだひぃくん。


「……っ、うん」

「ちゃんと暖かい格好してね?」


 フニャッと笑ったひぃくんは、私の頭を優しく撫でるとヒラヒラと手を振って自室へと戻ってゆく。
 一人部屋に残された私は、未だ早鐘を打ち続ける胸にそっと手を当ててみた。

 最近のひぃくんは、なんだか少しおかしい。まぁ、元々ちょっと変ではあるのだけど……。
 なんというか、時々もの凄く甘い声を出すような気がする。


(単なる、私の思い過ごしかな……)


 静まってきた胸からゆっくりと手を離すと、一度小さく息を吐いて再びクローゼットの中を物色し始める。
 その中から一枚のワンピースを選ぶと、目線の高さでパッと広げて確認する。


「……うん。これにしよう」


 以前、ひぃくんが可愛いと褒めてくれたピンクのワンピース。
 それに合わせて真っ白なコートも取り出すと、今から始まるデートにウキウキと胸を躍らせながらも、私は素早く支度を済ませたのだった。






※※※






「ひぃくんっ! ツリー 、綺麗だったね!」

「うんっ。綺麗だったねー」


 先程撮ったばかりの写真を眺めて、ニコニコと微笑んで帰り道を歩いてゆく。


「私ね……。ひぃくんと一緒に、ツリーが見たかったのっ。だからね、今日は一緒に見れて本当に嬉しかった! ありがとう、ひぃくんっ 」

「どういたしまして。俺も花音と一緒に見れて、凄く嬉しかったっ」


 繋いだ手を軽く揺らしながら、肩を並べて歩いてゆく。そんな私達は、お互いの顔を見てクスクスと笑い合う。

 今年は、一緒にツリーを見に行けないと諦めていた私。だから、こうして一緒に見れた事が本当に嬉しかった。
 左手に持った携帯に視線を戻すと、今しがた撮ったばかりの写真をスライドさせてゆく。


「これ、待ち受けにしようかなー。……ねぇねぇ、ひぃくん。 これ、どうかな? 」


 ツリーをバックに二人並んで撮った写真を見せると、それを見てフニャッと微笑んだひぃくん。


「うんっ。花音、可愛いー」

「本当? じゃあ……ひぃくんも、これ待ち受けにしたら?」

「うーん。……でも、これお気に入りだからなー」


 そう言って、コートのポケットから携帯を取り出したひぃくん。 
 画面を眺めて、何やら嬉しそうに微笑んでいる。


「そっちより、この写真の方が良くない? 」

「んー……。こっちの方が良いっ」


 手元の写真を見せて懸命にアピールしてみるも、あえなく却下されてしまった私のお勧め写真。


「そんなに、それが良いの……?」

「うんっ。花音、可愛いー」


 私は自分の携帯へと視線を戻すと、今回もダメだったかとガックリと肩を落とす。


(絶対に、こっちの方が良いのに……。何でアレが良いの?)


 待ち受けを変更してもらいたくて、新しく写真が増える度に色々と勧めている私。
 だけど、どうやらひぃくんは待ち受けを変える気はないらしい。

 手元の携帯を眺めて、それはとても嬉しそうな笑顔で「可愛いー、可愛いー」と連呼している。


(それの、どこが……?)


 白目の私が待ち受けになっている携帯を見つめて、嬉しそうな笑顔を見せているひぃくん。
 そんな姿を横目に、私は思いっきり顔面をヒクつかせたのだった。