「……いや、ロバだろ」
「ロバだと思うけど……」
シラけた顔をして答える、お兄ちゃんと彩奈。
(……ほらっ! ねっ!? ひぃくん、あれはロバだよ!?)
お兄ちゃん達の言葉にニッコリと微笑んだひぃくんは、私に視線を移すとフニャッと笑った。
「……ほらね? 馬だって」
ーーー!?
満面の笑みで、堂々とそう言い放ったひぃくん。
(ひぃくん……。私、今ちゃんと聞こえてたよ……? お兄ちゃん達、ロバって言ってたじゃん。よくもそんなに、堂々と嘘が付けたよね……。ビックリだよ……)
ひぃくんのその態度に、一瞬にして全員がドン引く。
「楽しみだねー?」
ニコニコと微笑むひぃくんは、再び私の手を掴むとキッズコーナーへと向かって歩みを進める。
「……えっ!? ま、待って! 私、乗りたくないっ!」
「……えっ!? どうして!?」
私の言葉に、さも驚いたような顔を見せるひぃくん。
(……何故、そこでひぃくんが驚くの?)
思わず顔が引きつる。
「あれは、子供用だからっ! 乗れないよっ! ……無理っ!」
(……お願いだから、よく見てっ! 小さな子供しか乗ってないんだよ? それを私に……っ、乗れって言うの!?)
「大丈夫だよー。花音は可愛いからっ」
(いや……。だから、その理論は全くもって意味がわからないから!)
嫌だ嫌だと叫ぶ私を無視して、ニコニコと微笑むひぃくんはキッズコーナーへと近付いてゆく。
「照れなくても、大丈夫だよ?」
(照れてるんじゃなくて、恥ずかしいんだよっ! 本当にわからないの……っ!?)
ニコニコと微笑むひぃくんを見上げて、私の顔は真っ青に染まった。
チラリとお兄ちゃん達の方を見てみると、ドン引いた顔で私達を見てはいるものの……。どうやら、私を助けてくれる気はないらしい。
(あぁ……っもう、無理……っ。お願い、誰か助けて……っ)
そのままズルズルとキッズコーナーまで連れて行かれると……。
気が付けば私のすぐ目の前にあったのは、なんとも絶妙な不細工加減が妙な味わいを出している、ロバのメロディペット。
(嫌だ……っ。こんなの、乗りたくないっ)
泣きそうな顔をしてお兄ちゃんを見ると、プッと笑って私から目を逸らす。
(酷い……っ。助けて、くれないの?)
「花音っ。おいでー」
そんな軽快な声が背後から聞こえた、次の瞬間ーー。
フワリと宙を浮いた、私の身体。
(……えっ?)
一瞬の隙にロバに乗せられてしまった私は、後ろに跨ったひぃくんにそのままガッチリと抱きしめられる。
私の顔からは一気に血の気が失せ、青白く染まった顔面はヒクヒクと痙攣し始めた。
「翔っ、写真撮ってー?」
そう告げると、お兄ちゃんに携帯を渡したひぃくん。
(え……っ。ま、待って……。嘘でしょ……っ?)
「しゅっぱーつ!」
嬉しそうな声を上げたひぃくんは、ロバの首元にお金を投入すると、「花音、良かったねー。お姫様だよっ」と言って私をキュッと抱きしめる。
軽快な音楽と共に、ゆっくりと動き始めた不細工な顔のロバ。
(っ何これ……。……歩いた方が、全然早いよ……)
ノロノロと歩くロバの背に跨り、私の背後で嬉しそうにハシャいでいるひぃくん。
軽快な音楽のせいもあってか、何だか凄くバカっぽい。
すれ違う子供達は、私達を見て不審そうな顔をする。
「ママー。見て、大人が乗ってるよ?」
私達を見ながら指を差す女の子に、まるでパレードでもしているかのように笑顔でヒラヒラと手を振るひぃくん。
「白馬に乗った、王子様とお姫様だよー」
「……それ、ロバって言うんだよ」
(ひぃくん……。あんなに小さな子でも、ロバだってわかってるじゃん……っ)
「……お馬さんだよ?」
そう言ってニッコリと微笑むひぃくんに、不審そうな顔を見せて顔を引きつらせた女の子。
「っ……里香ちゃん、ダメよ」
近くにいた母親らしき人が、引きつった顔をして女の子を私達から遠去ける。
それではまるで、私達が不審者のようだ。
軽快な音楽と共に、ノロノロと動く不細工な顔のロバ。
その背に跨り、ニコニコと微笑んで白馬に乗った王子様だと言い張るひぃくん。
(……うん。確かに……、ヤバイ奴かもしれない。一緒に乗っている私も、そうなの……っ?)
周りから向けられる白い目に耐え切れなくなった私は、思考を手放すとその視線から逃れるようにして上を向いた。
(お願い……っ。何でもいいから、早く終わって……)
ニコニコと微笑むひぃくんに抱きしめられながら、ノロノロと動くロバの背に乗った白目の私。
その姿は、周りがドン引くには充分な程に異様で、気付けばあっという間に私達の周りには人がいなくなっていた。
私達を乗せてノロノロと動くロバは、それから五分程すると静かに動きを止めた。
(地獄のように長い、五分間だった……。何故、私がこんな目に……っ?)
一刻も早くこの場から立ち去りたかった私は、ロバから降りるとフラフラとおぼつかない足取りで、少し離れた所にいるお兄ちゃん達の元へと向かう。
「……お、お兄ちゃん……っ」
「…………。お疲れ。花音……お前、顔ヤバかったぞ」
引きつった顔をして、私を見つめるお兄ちゃん。
(……顔? 私の顔なんかより、あの状況の方がよっぽどヤバかったと思うけど……)
「翔っ。写真、ちゃんと撮ってくれたー?」
「あ……まぁ、一応は撮ったけど。……花音の顔が、ヤバイ」
(え……。私、そんなにヤバイの?)
引きつるお兄ちゃんの顔を見て、ニコニコと嬉しそうに携帯を見ているひぃくんへと視線を移す。
「花音、可愛いーっ」
携帯を見つめるひぃくんが、嬉しそうな声を上げてニコニコと微笑んだ。
その写真が気になった私は、ひぃくんの手元の携帯を覗き見てみる。
(え……っ。どこが……っ、可愛いの……? とんでもなくブサイクだよ……っ)
携帯に映し出されている画面には、真っ青な顔をして白目を剥くーー。とんでもなくブサイクな私の姿がある。
その後ろには、ちゃっかりとカメラ目線で笑顔を向けるひぃくんの姿。
「え……。凄く、ブサイク……」
「えー。そんなことないよ? いつも通りに、可愛いよっ」
「……えっ……。いつも、通り……?」
「うんっ。いつも通りー」
フニャッと笑って、小首を傾げるひぃくん。
(私……っ。いつも……、こんなにブサイクなの……っ?)
画面に映し出された自分の顔を見つめ、その絶望感に顔を歪める。
「待ち受けにしちゃおーっと」
嬉しそうにニコニコと微笑むと、そう言って携帯を操作し始めたひぃくん。
「できたーっ! ほら見てっ。花音、可愛いー」
(っ……どこ、が……? それの、どこが可愛いの……っ?)
ニコニコと微笑みながら、携帯を見せびらかしているひぃくん。
そこに映し出されているのはーー。
白目を剥いた、私の顔のドアップ写真。
(何故、ドアップにした……。これが可愛いって……、本気?)
ニコニコと嬉しそうに携帯を掲げるひぃくん。
お兄ちゃん達をチラリと見てみると、とてもドン引いた顔で画面を見ている。
(ひぃくん……。お願い、やめて……。みんな引いてるよ……っ。どうかしてるよ、そのセンス……)
絶対に待ち受けは解除してもらおう。
そう堅く心の中で思いながらも、目の前に映し出されたブサイクな自分の顔をジッと見つめる。
(これが……っ、私の、いつも通りの顔……。本当、に……? 私……、こんなにブサイクなの……っ?)
顔面蒼白で引きつった私は、小さく笑い声を漏らすと薄く笑みを浮かべる。
(死にたい……。私、めちゃくちゃブサイクじゃん……っ。ひぃくん……こんな私の、どこが好きなの? なんか……っホント、ありがとう)
ニコニコと微笑むひぃくんに視線を移すと、私は笑顔を引きつらせながらも、心の中でそう感謝したのだった。