愛妻御曹司に娶られて、赤ちゃんを授かりました

「親御さんには伝えてほしくないんだろう?」
「ええ、父は何が何でも私を連れ戻そうとすると思います」

話が通じる相手ではないから、彼女は逃げるしかなかったのだ。
親は選べない。親には感謝していても、過度の干渉は人生を歪められてしまう。それは俺にも他人事とは思えないことだった。

「可愛い」

咲花が空気を読んでいるのか読んでいないのか、美里の抱く赤ん坊を覗き込む。

「お名前は?」
「あ、カノンと言います」

美里が頬をわずかに緩め、カノンという義娘を砂浜に立たせる。カノンはよちよち歩き、屈み込んでいる咲花の肩によいしょとばかりに掴まった。

「か~わ~い~。佑、見て。もみじみたいな手よ。ちっちゃぁい」

無邪気な咲花に釣られたのか、カノンがきゃっきゃと笑いだした。美里も俺もすっかり緊張感をなくして、笑ってしまった。
咲花は何も考えずにこういうことをする女じゃない。絶妙なタイミングで、絶妙な方法で、周囲を救おうとする。

「美里、正式に婚約を解消しよう。今、この場で」
「佑さん」

俺は咲花の横に移動し、砂浜に片膝をつき屈んだ。カノンが俺のことを不思議そうに見ている。

「俺にも大事な人ができたんだ。彼女を幸せにしたい」

美里は俺の横にいる咲花を改めて見つめた。それから涙ぐんだ目を細め、頷いた。

「佑さん、ありがとう。本当にありがとう」
「幸せに。だけど、ご両親に一本電話を入れてやってくれ。安否だけ知らせてやってほしい」
「約束します」

今の電話番号だけ教えてもらい、俺たちは美里と義娘を見送った。何かあったとき、困ったときは頼ってもらえるように、俺と咲花だけは彼女の味方でいられるように。