傑曰く咲花とはすでに話し合いも済み、婚約破棄に了承してもらったとのこと。
父は烈火のごとく怒ったが、事情聴取に当たった俺な結局弟の恋を容認してしまった。傑が相手の女性とどれほど真剣に交際しているか話しぶりから伝わってきたし、彼女もまた陸斗建設の財産に興味はなくただ傑と生きていきたいと望んでいるらしい。
ふたりの仲を引き裂いても何もいいことはないだろう。むしろ、傑の心はいっそう家族から離れてしまうぞ、と両親に忠告し、どうにか納得させた。

咲花のところには、両親同士のやりとりはあったが、俺からも直接謝罪に出向いた。
会社帰りに迎えに行く形で会った咲花はまったく怒っていなかった。
咲花は育ちがよく、非常にクレバーな女だ。そういう彼女だからこそ、傑のしたことは兄としても申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

何より、可愛い妹分のこの先を心配し、どうにか幸せな嫁ぎ先を考えなければならないと、勝手に思案していたくらいだ。
なにしろ、この時点で俺には婚約者がいたわけで、まさかふた月もしないうちに咲花と婚約することになるとは思わなかったのだ。

咲花に謝罪した数週間後、俺の婚約者である八木美里(やぎみさと)が自宅から失踪したという話がもたらされた。

陸斗建設興隆に尽力してくれた大地主の娘で、幼い頃から結婚が決まっていた彼女。房総半島の大邸宅に住まい、地元の市役所で働く彼女とは、成人してからは半年に一度は食事に行く関係だった。
結婚は三十までにと言われていたので、俺が二十九の今年はいよいよ準備に入ったところだった。