だから、言えない





机の二番目の引き出しに、
古くさい缶の箱がある。

もう、何年も開いてないその箱のふたを開けると
中にメモ紙のようなものが一枚入ってる。

文字が書いてある代わりに、
小指の爪ほどの大きさの
正方形のシールが
真ん中辺りに貼ってあって、
そのシールは透明に黒の線で
こいのぼりの絵が描かれていた。


………

「何泣いてんだよ」
「虫…が…ここ…に…」
「はぁ?虫?」
「これ…」
「んな小せえのでいちいち泣くなよ。
ほらよ。取れたぜ……
ってこれ、虫じゃなくね?」
「え…?」
「これ、シールじゃねぇか」
「シール?え…、あ、ほんとだ!」
「ったく…
ちゃんと見てから泣けよ」
「ごめんなさい。でも、
お兄さんがいてくれてよかった!
ありがとう!」
「……え?」
「どうしたの?」
「いや…
誰かに、いてくれてよかったって
言われたの初めてだったから…」
「お兄さんみたいな優しい人が
いなかったら、
私はそのシールが怖くて死んでたよ」
「……」
「今日ここにいてくれて、
ありがとう、お兄さん」


いつも親父に言われてた。
なんで生まれてきたんだって。
お前なんかいなけりゃよかったって。
さっさと消えろって。

だから、あのとき、
俺がいてくれてよかったって
言ってくれたことが嬉しくて。

俺が生きてていいんだって、
言われた気がして。



「どう見たって、
虫なんかに見えねぇだろ、これ」

俺はその紙を、くしゃっと丸めると、
ゴミ箱にそっと入れた。

「じゃあな、竹本」








《終わり》