手をひらひらさせる南天さんに、ほっと息をつく。
いや、安堵するのもおかしい話かもしれない。
だって先ほどの話が本当なら、この人は私を殺した張本人なのだから。
「急に倒れてしまってごめんなさい。
何か壊してしまったりしていない?」
「なにも。静かに倒れた」
「そ、そう。それは良かった」
「良くはないが」
淡々とした口調になんだか負けそうになる。
喜怒哀楽の感情の機微が一切感じられない。
「何か言いたいことがあるのでは?」
瑠璃色の目がじっと私を見据えた。
なぜ私にあのような力があるの?
南天さんはなぜ私を殺したの?
そして、なぜ殺したのに……助けたの?
ぐるぐると疑問符が頭を駆け巡る。
言いたいことも聞きたいことも、たくさんある。
自分を殺したという相手を前にして、こんなに無防備にしてるなんてきっとおかしいんだろう。
でも、私の勘がどうしてもこの人を疑えないと訴えている。
「助けてくれて、ありがとう」
鉄仮面のような南天さんの表情が少し崩れた。
驚いたような、珍獣を見るような目だ。
「気でも触れたか?
助けるもなにも、俺はあなたを殺した」
「至って正気よ。
殺されたのなら、殺されるだけの理由があったんでしょう。
何を言っても、しょうがないわ」
もし南天さんが仮に私を憎くて殺したのなら、今もなお危害を加えようとするはず。
そうでない、何か理由があったからこうして今保護してくれている。そのはずだ。
南天さんは何かを探るような目で私を見つめる。
穴が開きそうになるほどの強い視線に、逃げ出しそうになる。
そして、呆れたように小さく笑った。
「襲ってきた鬼の心配の次は、自分を殺した者に礼か。
まったくお人好しの度が過ぎたときの悪い例だ」
「な……馬鹿にしてるわね!」
「ことよさま!
南天さまはこの仏頂面の通り素直になれないのです。
今のは翻訳すると……」
「福」
首根っこを掴まれた福ちゃんはそのままポイッと投げ捨てられた。
ひどい。鬼だ。血も涙もない。
でもなんだか、やっぱり憎めない。
「ふふ」
「何をニヤニヤしている。
死んでそんなに嬉しいか」
「そうね。第二の人生の幕開けみたい。
なんだか清々しい」
「……変な人間だ」
そうだ。どうせ死んだのなら、この死後の世界を満喫しよう。
旅行のような気分でも味わえるんじゃないだろうか。
「南天さん、これから時間があるのならこの世界を案内してくれない?」
「襲われたのをもう忘れたのか?」
「あら、南天さんの隣を歩けばみんな嫌でも襲わないんじゃなかった?」
「俺はもう今日は暇じゃない」
「では明日は?」
「……」
南天さんは感情をあまり表に出さないけれど、嘘はつけないらしい。
「明日は時間をとってくれるのね?」
「……ほんの少しだぞ」
「やった!ありがとう」
そう手を取ると、とてつもない勢いで手を離された。
南天さんの仏頂面は相変わらず崩れない。
ただ少しバツが悪そうに踵を返す。
部屋を出る一歩前で、ピタリと止まった。
「……顔色が戻るまで休め。
何か必要なら俺か福に声をかけろ」
「ええ、ありがとう」
チリン、と鈴の音と共に扉が閉まった。
「うーん、きっと根は優しいのよね」
この解釈はどうかしてる、なんて自分で思いながらもベッドに潜り直したのだった。
