「……帰るな、オレ」 わずかな沈黙のあと、郁己くんが小さくつぶやいた。 「もう来ないから。安心しろ」 顔をあげたあたしの目に、「……な?」とほほ笑む顔が映る。 痛いくらい、切ない色の瞳で。 ふいに持ち上がった腕が、あたしに向けて伸ばされたけど、 空中で躊躇した手のひらは、どこにも触れることはなかった。 「じゃーな」 立ち上がったぬくもりが、ベランダに消えていく。 床に座り込んだまま残されたあたしは、その背中を黙って見送るだけだった。