「真子さん」



頭上から愛しの声が降ってきた。


顔を上げれば、



「け、健二くん!?」



目の前に健二くんがいて驚いた。


カウンターをはさんで向かい合いながら、無邪気にほほえんでる。



────そう、そうだよ。この笑顔が見たかったの。



久しぶりに見た気がした。


文化祭が終わって1ヶ月。今までずっと、今日みたく図書委員の当番がある日は、健二くんと一緒に帰ってきたのに。毎週必ず顔を合わせて、笑ってるはずなのに。


どうしてなつかしく感じるんだろう。




「部活おつかれさま」

「真子さんも当番おつかれ。なに読んでたの?」




ふたりきりの図書室。

大好きな本と、大好きな人。


なんて幸せなんだろう。



「『かぐや姫』だよ。なんとなく読みたくなっちゃって」



インクで刷られたやわらかな文字を撫でる。


派手やかな見た目に変わって、図書室の居心地を自分で壊してしまった。落ち着く雰囲気を自分自身が浮いてしまうのはなんだか物寂しい。



後悔はない。

今の自分を気に入ってる。



遅めの高校デビューだとバカにされても、前よりずっと自信を持ってられる。


それでも本が好きなのは変わらないから。

わたしはここにいる。


かぐや姫が最後月へ帰るように、わたしも結局いちばん慣れ親しむ本の中に居座ってしまうんだ。




「そういうとこは、変わらないね」

「……え?」




そういうとこってどこだろう。

というか。




「わたしが変わったのは外側だけだよ」

「……そうかな」

「そうだよ」




あぁ、また。
困ったような笑い方。


どうしたらさっきみたいに笑ってくれる?

もっと自分磨きがんばればいい?




「もう遅いし帰ろ」

「う、うん……」




どれも同じ笑顔のはずなのに胸がギシギシと擦れていく。痛みすら感じない。残るのはモヤモヤした違和感。


おかしいな。

まだ少しもつり合ってないのかな。