それは普段の陛下なら絶対あり得なかった。
決して隙を見せない彼はいつだって完璧で、疲れや眠気を一切表に出さない。メイドのカリーヌも『使用人の前では気の抜けた姿を見せませんね』と言っていたのを覚えている。
その時、寝顔を見てさらに衝撃が走った。前髪の隙間から覗くのはダークブラウンの細いフレーム。まさか、書類作業中はメガネなの?
つい食い入るように見つめてしまう。
寝落ちするほど疲れていたのかな?こんな無防備な姿は初めて見た。それにしても整った顔。まつ毛長いな。すやすや寝息をたてている。窓から差し込む日の光を浴びて気持ちよさそう。
メガネ、外してあげたほうがいいかな?
そんな考えが頭をよぎり、静かに手を伸ばす。
すると次の瞬間、陛下に触れようとした手を背後から掴まれた。黒い手袋をしたその力は強く、びくとも動かせない。
驚いて振り返ると、そこにいたのは黒いハイネック姿の男性。整った顔立ちで背は頭ひとつ分高く、歳は三十代前半くらいだろうか?
ウェーブのかかった黒髪と口元のホクロが目を引いた。深い翠色の瞳は鋭くこちらを見下ろしている。
無言で威嚇するオーラに思わず震えると、聞き慣れた甘い声が届いた。
「あぁ、もう少しでランシュアに触れてもらえたのに。いいとこを邪魔したな?」


