え?

思わず耳を疑った。今、なんと言った?

目を見開いて振り向くと、迷いのないターコイズブルーの瞳が視界に映る。


「彼女は俺が引き取る。文句は言わせない」


力強い宣言に誰も反論しなかった。

迎えに来るなんてありえない。見定めの夫婦ごっこは終わったはずなのに。

一体なぜ?


「おいで、ランシュア」


陛下は肩を抱いたまま歩き出したが、こちらは動揺で状況が掴めない。

やがて屋敷から数分歩いて町の外の森へ入ると、ピタリと足が止まった。

肩を抱く腕が離れると同時にジャケットをかけられる。濡れた体を気づかってくれたのか。それは触るのもためらわれるほどの高級品で、泥まみれの私にはひどく不釣り合いだった。

振り返った先で、ふたりの視線が交わる。


「どうしてここに」

「それはこっちのセリフだ。なぜ城を出ていった?」


予想もしていなかった言葉に混乱した。


「だって、今日が期日じゃないですか。妻として認められないのならば城にいる資格がないでしょう?」

「誰がそんなことを?俺は帰れなんて一言も口にしていないのに」


たしかに面と向かっては言われていない。しかし、エルネス大臣から今までの妃候補は期限日の朝に追い出されていたと聞き、てっきり無言で振られたのかと思っていた。


「君はどうも放っておけない」

「またからかっているんですか?」

「嘘じゃないよ。屋敷に帰って酷い目にあわされるかもしれないと思ったら気がかりでな。もともと引き止めようと思っていたんだ」