震えるほど怖いトーンに、掴んでいた手を離したデーネさんはしどろもどろに答える。


「いや、ランシュアと久しぶりに会ったものですから、外食にでも連れて行ってやろうと思いましてね」

「こんな格好で?」


泥まみれの服を視線で指す陛下に、デーネさんは言葉を詰まらせる。


「ランシュア。本当はどこへ連れて行かれるはずだった?」


まっすぐ問いかけられて動揺した。

目の前のデーネさんは“言ったらどうなるかわかっているのか”と念のこもった視線を向けている。

体が震えて声が出ない。


「大丈夫だ。俺がいるから。言ってごらん?」


安心させるような口調。

こわばっていた肩の力が抜ける。気づけば、無意識に言葉が溢れていた。


「隣国に売るって」

「なにを言うランシュア!」

「私をお金に変えるんだって」


胸がいっぱいで言葉がつかえた。陛下は途切れ途切れの声をじっと聞いている。やがて、肩を抱く手に力がこもった。 

デーネさんに向かって冷たい声が降る。


「妃候補として送り込んでおいて、勝手に隣国へ連れていくのは契約違反だろう。まだ結婚の話は消えていないのだから」