「ただいま帰った」と、言うよりも。
そもそも玄関すら開いていた。
梓が愛用している下駄は無く、物音すらしない室内。
普通なら出掛けてるんだと思えるが、今日は絶対に違う。
「…居留守しろっつったろうが」
そもそもあいつはしっかりしている。
鍵をかけずに出掛けたことなど、1度たりともない。
「…チッ」
玄関に転がるように落ちていた貝殻。
それは門下生の1人がいつかに梓に渡したものだった。
「あの野郎…」
和泉守兼定───。
愛刀である刀を持ち、町へと駆ける。
刀を差して走るのはいつぶりか。
当たり前のように走っていたのに、まさか“久しぶり”だなんて感覚になるとは。
「驚くこともあるモンだよな、本当によ」
総司、近藤さん。
俺はちゃんとあいつを守れてんのか、あいつを幸せに出来てんのか。
泣かせてばっかだよ。
思ったよりあいつは感情表現が豊かでよ、俺にはあいつなりに甘えてんだと思う。
それでもまだ足りねえんだ。
遠慮ばっかなんだよ、あいつ。
俺をまだ“副長”として見てんだよ。
“土方さん”として見てんだよ。
『だったら、僕に譲ってくれるんですか?』
そんな総司の声が聞こえた気がした。
「んなわけねえだろ。誰が渡すか、あいつは俺の女だ」
憎たらしい男がもっと憎たらしく笑っているような気がして、俺は鼻で笑った。
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