けれども男は眼中に無いようで。

腕を組んで落ち着いた様子に見せながらも、きょろきょろと誰かを探しているようだった。



「…遅ぇ。変な野郎に引っ掛かってねえだろうな」



そんな彼の心配事など知るよしも無く、1人の女は男の元へ近付いた。

彼と同じくらい…いや、少し年上だろうか。


赤い紅を唇に塗って、その女もまたこの町ではもっぱら有名と噂の美人だった。



「今日も暑いですねぇ」



わざと着物の襟をずらし、鎖骨を見えるようにしながら隣へ立つ女。

男は一瞬チラリと瞳を動かすと、何ひとつ気にしない様子で戻した。


それどころか「チッ」と舌打ちを決め込む。

だがそんな姿も女には逆効果。


中々つれない女に魅力があるように、少々ぶっきらぼうで簡単には引っ掛からない男の方が人気だった。



「良かったらお茶でもどうかしら」



女が言うその言葉は誘い文句と同等。

「そのまま一夜を共にしないか」と、通訳するならばそんなもの。


そんな男の反応は無い。
女を見ようともしない。


そして少し先の物陰にいる1人の存在に気付くと、はぁとため息を1つしてそちらへ足早に向かっていく。