「それに俺は既婚だ。お前も嫁を大事にしろ」


「は、はい…!」



まるでそれは仏の言葉のように、町人は男へ素直に頭を下げて去って行く。


そして男は、青く広がる空を見上げた。



「…俺が既婚なんざ、あいつらが聞いたら確実に笑うだろうな」



新しい時代が幕を開けた季節、もう腰に刀は差していない。


少し着崩した着流しから見える透き通るような白い肌、この時代では珍しく比較的高い身長。

艶々と輝く上質な絹糸のような切り揃えられた黒い髪は、風に揺られる度によりいっそう男を引き立たせる。


射止めたものを離さない、切れ長の瞳。

形の良い唇も鼻筋も、どこもかしこも欠点など見当たらないのだ。



「色男だねぇ」


「ほんと、役者さんみたいだわ。こんな町にもそんな人が居たなんて」



通りすぎる女はわざと男に聞こえるように少々大きめな声を発し、熱の帯びる女特有の瞳で見つめる。