惚れない理由がどこにあんだよ。
総司に取られなくて良かったってホッとしてんだ本当は。
俺はこんな幸せ、手にしていい人間じゃねえと思ってた。
こんなごくありふれた平穏を手に入れられるような奴じゃねえって。
でも、お前に出会って全部が誤算だったと。
「歳三さん、これから町歩くときは顔にお面でもつけた方がいいと思う…」
「奇遇だな。俺もてめえにゃ同じこと思ってるよ」
「そ、それどういう意味なの…!」
ばぁか。
真逆だ、真逆。
これからまたどんなふうに成長していくのかと考えたら、落ち着かねえっつうの。
「…俺もお前のことは最初から特別だったよ」
「───え…?なにか言った?」
「いいや。…行くか、原っぱ」
「うんっ」
誰かを幸せにしてやりてえなんざ、そんなこと初めて思った。
───…綺麗だと思ったんだ。
お前を初めて見たとき。
『馬鹿な野郎だな。結局武士になりきれなければ鬼にすらなりきれてねえまんまじゃねえか』
過去の俺がそんなことを言っている気がして。
俺は鼻で笑ってやった。
「言ってろ。…生憎俺ぁ今はどこにでも居るただの町人だ」
独り言を呟く俺を不思議そうに見つめる梓の腕を引いて、心の中でもう1度言った。
ただ、かつての俺を“鬼”で“誠の武士”だと言ってくれる奴が傍に1人でも居りゃあ、それで十分なんだよ───と。
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