「高岡さん、映画の仕事楽しいですか?」
「うん。まあセリフ覚えたりするの大変だけどね。案外自分と違う人間になれるって楽しいもんだな。」

「あのストーカー役が思いのほか脚光浴びましたもんね。あれから朝ドラに出るわ、月9にも出るわ。高岡さんはやっぱりすごい!」
「でも、休みが欲しい。忙しすぎるよ。」
今日は、そういった意味でもゆっくりカホと話せることが嬉しい。

「そうそう、高岡さん、私あと二ヵ月で今の会社辞めるんです。」
「え、」
カホは、あっさり他の話題に移ったと思ったら、さらに衝撃的なことを言う。
「………なんで?」
「転職です」
カホはVサインをする。
いつの間にか、忙しくしている間にいろいろ状況は変わってしまっているらしい。

「そうなんだ。おめでとう。それは、カホちゃんがやりたいって言ってた事に近づく転職なんだね。」
「うん。」
カホは嬉しそうに笑い、続ける。
「私の憧れのスタイリストの下につく事になったんです。今日は顔合わせでした。」
ほうっとため息をついてうっとりした目で空を見るカホ。
「すごくステキだった。考え方も素敵で、彼の下で働けると思うと、私、幸せです。」
……………ふううん。男か。
カホが、いつもと違って、パンツではなくワンピースを着ているのもこれで腑に落ちた。
「誰?有名なの?」
「嶋崎 仁さんです。」
「ああ、なんか知ってる。」
俺は内心ため息をつく。畑は違えども、ファッション業界では有名だ。
今をときめくアイドル達は、みんな奴がプロデューサーとして手がけるファッションショーに出ることがステイタスだった。
成功者。そしてめちゃくちゃいいオトコ。
その横で嬉しそうに目を輝かせて働くカホを想像して、俺は勝手に凹む。

「手え出されるなよ。」
「なんてこというんですか!仁さんは、そんな人じゃないですよ。あ、それに結婚もして、子どももいるし。」
「結婚してたって、それはわかんないだろ。」
「だから、そんな人じゃないです!仁さんは!」
カホは怒っている。
ジンジンってうるせえよ。もう名前で呼んで、俺は苗字にさん付けかよ。
俺も、ムスッと機嫌が悪くなる。

もう、番組で顔を合わせることもなくなる。
目で追うだけでもいいと思ってたのに、それもできない。
会いたくても、もう仕事で週一回会うことすらできない。
今夜みたいに、ばったり会うなんて奇跡はそう転がっていない。
カホが手に届かないところに行ってしまうような気持ちになる。

今日はいい日だと浮かれていたのに、なんだか一気に奈落の底に突き落とされた気分だった。