ある日、楽屋からスタジオに戻る途中の廊下で、カホとADの男が立ち話をしている。
以前に、カホが悩み事を漏らしていたのも奴だった。
俺は、反射的に身を隠して、聞き耳をたてる。
仲がいいんだな。 スッと嫉妬のような気持ちが湧き上がってくるのをかき消すように、首を振る。
どうやら、ADは、カホをデートに誘っているようである。
カホは、困ったようにしてこう言っている。
「すみません。その、私、彼氏いるので、宮島さんとはそういう風に二人で出かけるのはちょっとできないです。」
また、盗み聞きしてしまった。
俺は、ため息をつく。 やっぱり彼氏いたか。いるよなあ、そりゃ。
その宮島とかいうADの表情や、何を言っているのかは、こちらに背を向けているので、窺い知れない。
俺は、素知らぬふりして、大きな欠伸をしながら、前を通り過ぎる。
「ふあああ!ねみー。 」
「あ、お疲れっす。高岡さん!」
「お疲れ様です。」
二人は少し慌てて離れて、俺に挨拶をする。
「うん。おつかれー。 あ、そうそう、俺の衣装の蝶ネクタイのさ、ホック取れかかってるから付け直してくれない?」
「え!そうでしたか!? すみません!すぐに取りに行きますね。」
カホは、ADの宮島にペコっと頭を下げて、慌てて楽屋の方に走っていった。
宮島のガッカリした顔を横目で見ながら、
「ほんじゃ、おつかれ。」
とすまして帰る。
ホックなんか取れてないもんね。(心の中で舌を出す)

まあ、ちょっとした手助けはできたか。
しかし、彼氏がいたか。。。
まあそりゃそうよなあ。

そのガッカリ感は、あのADの気持ちに同情する。
でも若いからきっとそれでもアタックするんだろうな。
俺にはそんな情熱はないけど。
ていうか、まあちょっと気に入った娘だったっていうだけで、どうこうなろうなんて俺は思ってなかったし。
こういうのは、退き際が肝心なんだよ。