遊ばれたのかわからない、けれど伊藤まみ、彼女の言葉はおそらく本気だった。

愚弄された自分の弱さに腹が立つ。

私が彼女たちの迷惑になるようなことをなにかしたのだろうか。
燃えるように熱い目の奥が、我慢しても我慢しても勝手に涙を流させる。

この程度でへこんでいる自分がとんでもなく惨めで情けない。


「おい、大丈夫か?」
「‥‥‥太一」
「っ、お前」


なにも聞かないままなっちゃんを呼ぼうとする太一を引き留めた。
今日の主役の邪魔をしたくなかった。

もう帰ると言い出した私を見て太一は数秒考えこんだ。


「じゃ、俺もそろそろ飽きたし帰るか。荷物とってきてやる。ここで待ってろ」


ただ首を縦に振ることしかできなかった。
見上げた空、さっきはあんなに星が綺麗だったのに、今はどんより曇っていた。

戻ってきた彼も同じように空を見る。


「雨降りそうだな。今日は早く帰れてラッキー」


親に呼び出されて先に駅に行った彩を追いかけつつ俺も帰るってことにしておいたから、と私にスクバを渡してくれた。


「ありがとう。‥‥‥ごめん」
「俺が帰りたかっただけだから。自分に付き合ってくれてるとか勘違いすんなよ」
「うん」


うつむいて歩く私の横で、ゆっくりと自転車が動いている。
ちゃんと歩かなきゃ。

そう思った私の気持ちを察したのか、「ゆっくりでいい」と先制された。
妙に鋭い。


「何があったか聞いてもいいか。嫌ならいいけどさ」


少しだけ考えた。完全に愚痴になるな、と思った。

でも私だってまだ子供だ。
嫌なことを言われて笑顔でいられない。耐えられなかった。

いつもの私らしくない、嫌なことを言うかもしれないと告げた。

いいよと言われる。なんでも話せと。


全て話した。

夕くんが好きだと気づいたこと、今日の花火、女子の敵意。

聞き終わった太一はドン引きしていた。


「今時そんなこと言ってくる奴いんの? マジで嘆かわしくて、しかもそれが同じクラスなんて俺悲しい」


あなたも夕くんには結構な態度をとっている気がしなくもないが。

なんて反射的に、いつもの調子で返してしまう。


「俺はそんな弱い者いじめみたいなんしねえよ。
現に今は弱い者のお前とこうして話して、公平なジャッジメントの結果向こうには同情の余地もない」
「私の主観バリバリだけどね‥‥‥」
「そうとも言えない。実は俺、お前と伊藤達の様子見てたんだよ。
店うるさかったし何言ってんのか聞こえなかったけど、結構嫌な感じだったぞ。誰も気付いてなかったけど」
「そうだったんだ」


せっかく男子への苦手意識は消えていたのに、今度は人間不信になりそうだ。
頭が痛い。


「それにしても、お前東雲が好きって自覚すんの遅すぎだろ」
「ちゃんと自分で気付けたんだから及第点でしょ」
「自分に甘いわ」


そうなのかもしれない。思わず笑った。


「太一ありがと」
「だーかーら、俺早く帰りたかっただけ。制服に焼き肉の匂いうつんだろ」


そう言って自分のワイシャツを嗅ぎ出す。


「‥‥‥もう手遅れだわ」


あまりの馬鹿馬鹿しさに笑いがどんどんこみ上げてくる。
さっきまでの落ち込みが嘘のようだった。

さんざんくだらないことを言いながら電車に乗って、彼の最寄り駅でさよならした。

感情の起伏に疲れた。

ふと我に返ってスマホを見たら、なっちゃんからメッセージが届いていた。


『太一に聞いた。明日でもいいから絶対話してね。』


細やかな気遣いの出来る男だと感心しながら、なっちゃんにメールを送る。


『ありがとう、私は大丈夫だよ! 今日は楽しんでね!』


今夕くんはどんな感じなんだろう。
どうしよう、私がなにか考える必要なんて全くないと分かっているのに、彼と関わることがなんだかとても怖い。


そのとき、スマホが震えた。
太一からの新着メッセージだ。と思ったら画像だけだった。


私と夕くんが、あのコスプレ衣装で談笑している写真だった。

夕くん、こんなに笑っていたんだ。初めて知った。

今回ばかりは盗撮とはいえ太一に感謝する他ない。


画面の中の夕くんを見つめた。


今すぐに、君と話したいよ。



私に好きと言わせてほしい。