「悪いな、森中と帰りたかっただろ」
「別にいいよ、本当に気にしないで」
なっちゃんはむしろ話の内容に興味津々だったし、東雲くんと帰るのは久々で嬉しい。
それだけで釣り合いは取れている。
「それで、どうしたの?」
「ああ、……本当に悪口とかじゃないからな? 疑問だからな?」
「分かった」
なんだろう、こんなに前置きされたらめちゃくちゃ怖い。
いつもに増して深刻そうな顔をしているし。
「……望月は、その……春川と、よく仲良くできるなと思って、それは、なんでだろうと思って……」
予想しなかった方向の質問だった。まさかの太一関連。
確かに念押しがなければ、嫌がらせに対するクレームだと思ってしまいそうだ。
「東雲くんは思えないと思うけど、実はいいところもあるんだよ」
「ノーコメントでいいか」
「うん」
思えないらしい。
「俺、自分が人から好かれてるとは思わないけど、あいつからは清々しいぐらいの敵意を感じる」
「東雲くんは彼をどう思ってるの?」
「どうなんだろうな」
考えること数秒。
「正直、どうでもいい。けど」
「うん」
「……いや、どうでもいい」
「……ん?」
「どうでもいいな」
「すごくどうでもいいんだね」
謎の間が気になったが、とにかくどうでもいいらしい。
「俺、どうすればいいんだろう。好かれたいとは思わない。
けど、昔は気にならなかったのに、最近妙に気になる」
東雲くんは天を仰ぐ。私も見上げた。
青い空に飛行機雲が消えかけて、ぐちゃぐちゃの曲線が描かれている。
「人からあんなに敵意むき出しでこられたことも初めてだ」
「そりゃ人間あんな分かりやすかったら苦労しないよね」
思わず苦笑い。東雲くんにここまで言わしめるのはある意味才能だと思う。
「気にしなくていいと思うよ? あいつなんとなく気に食わないとかいう理由で人嫌いそうじゃん。悩むだけ無駄ってものですよ」
「よく分かってるんだな」
「分かってないよ!? 今の偏見だよ!?」
変な方向性に勘違いされた。危ない。太一のことなんて分かってたまるか。
「ごめん、変なこと聞いて。やっぱり気にしないことにする。もし、なんかあったら、また話聞いてくれるか」
「うん、もちろんだよ!」
「ありがと」
別に太一関連じゃなくてもなんでも聞くんだけどな。
東雲くんに頼られたことがとても嬉しかった。
しかし、駅までまだ半分以上距離があるにも関わらず会話が途切れてしまった。話題を捻り出す。
「話戻るけどさ、正直東雲くんて割とみんなどうでもいいと思ってない?」
「思ってる。でも本当にみんなどうでもいい訳じゃない」
「といいますと」
「……望月のことは、あんまりどうでもよくないかも」
ぐ、と詰まった喉の音は聴こえなかっただろうか。
心配だったけれど、それ以上に、嬉しかった。
胸の鼓動が早まって、顔がどんどん赤くなっていくのが分かる。
バレないように微妙に俯き、必死に言葉を紡いだ。
「私も東雲くんのことどうでもよくないよ」
「お前はみんなに言いそうだな」
「人を尻軽扱い!?」
「冗談だよ」
カチャ、と眼鏡を直しながら笑った東雲くん。
つられて私も笑う。
「……ありがとな」
「……うん」
呟きを聞かなかったフリはできなくて。
ただ、その小さな声の五文字が、この上ない幸せのように思えた。