パンデミック.新形コロナウイルス

「……本当に、嫌なものを見せてしまいましたね。カウンセリングでせっかく心を落ち着けたのに、こんな修羅場に引きずり込んでしまって……申し訳ない」
私は彼女に深く頭を下げた。だが、彼女は静かに首を横に振った。その顔には、先ほどまでの怯えや激情の痕跡はなく、驚くほど澄んだ穏やかさが宿っていた。
「いいんです。……これで、やっと諦めがつきました。あの男がどんな場所で、どんな風に終わろうとしているのか、この目で見て確信できたから」
彼女は砕け散ったバスの残骸に視線を向け、冷ややかに呟いた。
「風俗店に行くために、女の子たちを運ぶバスを運転して、自ら電柱に突っ込むなんて。……結局、あの人はそういう男だったんですね。自分を大切にしてくれる人を捨ててまで選んだ場所で、一番醜い姿を晒して終わるなんて。……これが、神様の罰なのでしょうか」
私は彼女の隣で、夜空を仰いだ。この出来事は、単なる事故では済まされない。因果という名の理(ことわり)が、目の前で執行されたかのように思えた。
「ええ、そうかもしれませんね。風俗という場所は、独り身の寂しさを埋めるための逃げ場に過ぎない。パートナーがいながら、相手の病や苦しみを支えることすらできず、そんな安易な欲望に逃げた代償は、あまりに重い」
僕は言葉を継いだ。キリスト教の教えに身を置いて考えるなら、愛とは「苦難を共に分かち合うこと」にある。それを放棄し、性的な充足のみを求めた先に、真の救いなどあるはずがない。
「聖書の中に、こういう記述があるんです。――『女は男のために造られたのではなく、男が女のために造られたのでもありません』と。そして、『しかし、主にあっては、女なしには男はなく、男なしには女はありません』という言葉がある」
彼女は静かに私の話に耳を傾けている。
「聖書は、男女を支配と隷属の関係ではなく、互いに補い合う存在として説いています。けれど、今の世の中は、性的な欲望を充足させる対象として相手をモノのように扱う。特に風俗というシステムは、その最たるものですよね。聖書はこうも警告しています。『淫らな行いを避けるように』と。それは単なる道徳的な戒めではなく、相手を『神の似姿である人間』としてではなく、自分の欲望を満たすための『道具』として見ることが、結局は自分自身を滅ぼすことになるからなんです」
「『女は』……そうですね。聖書の中では、かつての時代背景から厳しい言葉が使われることもあります。例えば『女は教会において黙していなさい』といったような。でも、それは当時の社会秩序を反映したもので、現代の私たちが読むべき本質はそこじゃない」
私は少し声を潜めて続けた。
「聖書において、女性は『命の母』であり、キリストの復活を最初に目撃した希望の証人でもある。男が自分を守るために女を『道具』のように扱う時、その男は自らの魂の半身を切り捨てているのと同じことです。おっぱいを失ったくらいで、その人を『不要だ』と切り捨てたあの男は、聖書の教える『愛』を最も汚した罪人ですよ。だからこそ、あの電柱への激突は、彼自身の歪んだ魂が招いた必然だったのかもしれません」
冷たい夜風が、病院の外灯を揺らす。彼女は空を見上げ、ふっと息を吐いた。その表情には、もうあの男への執着は微塵も残っていないようだった。