茜は静かに立ち上がると、サイドテーブルから清潔なハンドタオルを取り出し、私の手元にそっと置いた。
「よく頑張ったわね。自分の感情を殴りつけるようにしてでも、外に出そうとしたこと。それはすごく大切な勇気よ」
彼女の声が、静かな部屋に深く響く。
壁を叩き終えた私の手は赤く腫れ、ジンジンと痺れている。けれど、不思議と胸の奥にあったどろりとした黒い塊が、さっきよりもずっと小さくなっていた。
「ねえ、聞いて。……人はね、自分を傷つけた相手を『許さない』って思うことで、自分を繋ぎ止めることがあるの」
茜は椅子を引き寄せ、私の目の前で膝をついた。その距離は、昨晩正夫が言った『適切な距離』などという冷たい言葉を遥かに超えていた。
「あなたはね、自分の体の一部を失ったこと以上に、『私を愛してくれていたはずの彼』という、あなた自身の希望まで失ってしまった。だからこそ、怒るのよね。怒り続けることで、彼との繋がりを自分で切り離せないようにしている。……そうじゃない?」
心臓が大きく鳴った。
指摘された事実は、あまりにも痛烈で、そして私の心を見透かしていた。
私は彼を嫌いになりたかったんじゃない。彼に、「おっぱいがなくなっても、君は僕にとってかけがえのない人だ」と言ってほしかっただけなんだ。その言葉がないまま、彼が去ってしまったから、私は自分の存在意義まで消えてしまった気分だったのだ。
「……彼に、愛してほしかった。私の存在を、認めてほしかっただけなのに」
力が抜け、私は茜の肩に額を預けて泣いた。
今度は声を上げての叫びではない。ただ、どうしようもないほどの孤独が、涙となってこぼれ落ちていく。
「それでいいの。自分の中にあった『愛されたかった自分』を、まずはあなたが一番に認めてあげて。彼がどうだったかは、もう関係ないわ。あなたが自分自身を、誰よりも愛してあげられるようになるまで、私たちは何度でもここに来るわよ」
茜の腕が、私の背中を優しくさすってくれる。
ただ、そこにいてくれること。
「関係ない」と言わず、私の痛みの中に一緒にいてくれること。
カウンセリングという名の時間は、こうして私の魂の傷口をゆっくりと、消毒ではなく、温もりの手で覆い始めた。
明日はきっと、今日よりも少しだけ、呼吸が楽になるはずだ。
窓の外の空を見上げれば、雨雲の切れ間から、ほんのりと夕焼けの気配が覗いていた。
「よく頑張ったわね。自分の感情を殴りつけるようにしてでも、外に出そうとしたこと。それはすごく大切な勇気よ」
彼女の声が、静かな部屋に深く響く。
壁を叩き終えた私の手は赤く腫れ、ジンジンと痺れている。けれど、不思議と胸の奥にあったどろりとした黒い塊が、さっきよりもずっと小さくなっていた。
「ねえ、聞いて。……人はね、自分を傷つけた相手を『許さない』って思うことで、自分を繋ぎ止めることがあるの」
茜は椅子を引き寄せ、私の目の前で膝をついた。その距離は、昨晩正夫が言った『適切な距離』などという冷たい言葉を遥かに超えていた。
「あなたはね、自分の体の一部を失ったこと以上に、『私を愛してくれていたはずの彼』という、あなた自身の希望まで失ってしまった。だからこそ、怒るのよね。怒り続けることで、彼との繋がりを自分で切り離せないようにしている。……そうじゃない?」
心臓が大きく鳴った。
指摘された事実は、あまりにも痛烈で、そして私の心を見透かしていた。
私は彼を嫌いになりたかったんじゃない。彼に、「おっぱいがなくなっても、君は僕にとってかけがえのない人だ」と言ってほしかっただけなんだ。その言葉がないまま、彼が去ってしまったから、私は自分の存在意義まで消えてしまった気分だったのだ。
「……彼に、愛してほしかった。私の存在を、認めてほしかっただけなのに」
力が抜け、私は茜の肩に額を預けて泣いた。
今度は声を上げての叫びではない。ただ、どうしようもないほどの孤独が、涙となってこぼれ落ちていく。
「それでいいの。自分の中にあった『愛されたかった自分』を、まずはあなたが一番に認めてあげて。彼がどうだったかは、もう関係ないわ。あなたが自分自身を、誰よりも愛してあげられるようになるまで、私たちは何度でもここに来るわよ」
茜の腕が、私の背中を優しくさすってくれる。
ただ、そこにいてくれること。
「関係ない」と言わず、私の痛みの中に一緒にいてくれること。
カウンセリングという名の時間は、こうして私の魂の傷口をゆっくりと、消毒ではなく、温もりの手で覆い始めた。
明日はきっと、今日よりも少しだけ、呼吸が楽になるはずだ。
窓の外の空を見上げれば、雨雲の切れ間から、ほんのりと夕焼けの気配が覗いていた。
