パンデミック.新形コロナウイルス

# 最後の彼氏からの電話
「……おっぱいがないなら、いや。君のことはもう嫌だ。俺、好きじゃなくなっちゃった」
受話器の向こうから放たれたその言葉は、あまりにも唐突で、そして冷酷だった。
31歳。乳がんのステージ4。手術で乳房を失い、放射線と抗がん剤で心身を削り尽くした果てに、彼女が最後に聞かされたのは、愛の言葉ではなく、男の身勝手な拒絶だった。
彼女は震える声で、自分自身の口から自嘲の言葉を紡いだ。
「……そうだよね。おっぱいがない醜い姿だもんね。やっぱり嫌だよね。そんな人とセックスなんてしたくないよね」
「うん」
彼は躊躇なく、短い肯定の返事を返した。その声には何の迷いもなかった。
まるで、古くなった衣服を処分するような、あまりにもあっけない幕切れだった。
「……そっか。じゃあ、もう、なかったことにしましょう」
彼女は、自分を壊したその言葉をそのまま飲み込み、彼との関係を過去へと葬り去った。
「私には、私の生き方があるから」
そう言い捨てて受話器を置いた瞬間、彼女の目からは涙が溢れ出た。それは彼への未練ではなく、彼という存在を信じてしまった自分自身の愚かさに対する、絶望的な怒りだった。
世の男たちは、女を「形」でしか見ていない。
壊れたもの、欠損したものに対しては、容赦なくその価値をゼロにする。それが世の中の「まとも」な基準なのだろう。
しかし、彼女の目の前には、別の男がいる。
理学療法士の正夫だ。彼は、彼女の傷だらけの胸元や、放射線で焼き切られた皮膚、動かなくなった左腕を、まるで宝物を扱うように毎日見つめている。
もし、世間が彼女を「醜い」と切り捨て、その壊れた身体を愛そうとする正夫のような人間を「頭がおかしい」「執着が過ぎて逮捕されるような異常者」だと断じるのなら――。
この社会が信じている「正常」と「愛」の定義は、一体どれほど歪んでいるのだろう。
彼女はリハビリ台の上で、正夫の指先を受け入れた。
彼氏が捨てた「価値のないもの」を、狂気じみた情熱で拾い上げ、修復しようとする正夫の手。その温度だけが、今の彼女にとっての唯一の真実だった。彼女は、壊れた自分を抱きしめる正夫の目の中に、世間には決して理解されることのない、深く歪んだ愛の形を見た。