# 愛という名の恋愛ごっこ ― 性(セックス)という記号の果てに ―
鏡の中に映る私は、かつての私とは別の生き物だった。
左胸を失った身体は、まるで未完成のパズルだ。そこにぽっかりと空いた空白は、私から「女」としての輪郭を奪い去った。でも、それよりも深く、私の神経を侵食したのは、彼が私を慈しむために差し出していたはずの手のひらが、日に日に熱を失っていく様を見つめることだった。
「命があればいい。形なんて関係ない」
彼がかつて囁いたその言葉は、まるでどこか遠くの国から聞こえてくる呪文のように響く。ステージ3から4へと進む病状の中で、私は彼という存在を最後の支えにしていた。見舞いに来る彼は、いつだって優しく、周囲からは「あんなに献身的な婚約者はいない」と羨まれていた。私も、そう信じ切っていた。彼だけは、この絶望の中で私の魂を見てくれているのだと。
けれど、物語は残酷な結末へと収束していく。
私の身体から女性の象徴が取り除かれた途端、彼の視界から「私」という人間が急速にフェードアウトしていった。病室のドアを開ける回数は減り、メールの文面から温もりが消え、ついには沈黙が支配した。
最後の日、彼は一度も私の傷跡を見ようとはしなかった。病室の椅子に座り、まるで埃を払うように別れを告げた。
「……無理だ。おっぱいがない女なんて、俺には愛せない。そんなものと結婚して、俺が幸せになれるわけがないだろ」
彼の口から出た言葉は、冷酷なまでに純粋だった。彼は私を愛していたのではない。彼の人生という標本箱の中に、完璧な形をした『美しい女』というピースを飾っておきたかっただけなのだ。そのピースが欠けた瞬間、彼は迷いもなく私をゴミのように排除した。
「愛なんて、脆いものね」
誰の声だったのか。自分の唇が震えたのかさえ、もう分からない。
外では雨が降っている。街の騒音や、誰かの笑い声が、この病室の静寂を塗りつぶしていく。彼は去った。私という人間を、たった一つの記号で選別し、切り捨てた。
私は剥き出しになった傷跡の上から、そっと毛布を掛けた。愛とは、相手の痛みさえも半分こにする旅だと思っていたけれど、彼にとってのそれは、ただの消費活動に過ぎなかった。
それでも、私はペンを握る。彼という薄っぺらな男の醜さを、冷徹なまでの物語として書き残すために。彼が奪い去ったのは私の身体だけだ。私の心と、私の言葉は、誰にも選別させない。
雨音の向こう側で、明日の朝が待っている。
私は生きている。たとえ、どんな形であっても。
読者のあなたに問いかけたい。
これは、恋愛だったのだろうか。
愛する人が傷ついた時、その機能が失われた時、それでもなお隣にいられるか。そうではないなら、それは一体何なのだろうか。
「命の選別」という排除の論理は、日常のひだに隠されている。誰かをブランドのように愛し、劣化すれば捨てる。そんな愛が、この世界で「普通」としてまかり通っているとしたら、私たちはあまりにも脆い鎖で繋がれているのではないだろうか。
私はただ、この物語を通して、その「脆さ」の向こう側にある本当の人間の尊厳を見つめたいと思っている。
鏡の中に映る私は、かつての私とは別の生き物だった。
左胸を失った身体は、まるで未完成のパズルだ。そこにぽっかりと空いた空白は、私から「女」としての輪郭を奪い去った。でも、それよりも深く、私の神経を侵食したのは、彼が私を慈しむために差し出していたはずの手のひらが、日に日に熱を失っていく様を見つめることだった。
「命があればいい。形なんて関係ない」
彼がかつて囁いたその言葉は、まるでどこか遠くの国から聞こえてくる呪文のように響く。ステージ3から4へと進む病状の中で、私は彼という存在を最後の支えにしていた。見舞いに来る彼は、いつだって優しく、周囲からは「あんなに献身的な婚約者はいない」と羨まれていた。私も、そう信じ切っていた。彼だけは、この絶望の中で私の魂を見てくれているのだと。
けれど、物語は残酷な結末へと収束していく。
私の身体から女性の象徴が取り除かれた途端、彼の視界から「私」という人間が急速にフェードアウトしていった。病室のドアを開ける回数は減り、メールの文面から温もりが消え、ついには沈黙が支配した。
最後の日、彼は一度も私の傷跡を見ようとはしなかった。病室の椅子に座り、まるで埃を払うように別れを告げた。
「……無理だ。おっぱいがない女なんて、俺には愛せない。そんなものと結婚して、俺が幸せになれるわけがないだろ」
彼の口から出た言葉は、冷酷なまでに純粋だった。彼は私を愛していたのではない。彼の人生という標本箱の中に、完璧な形をした『美しい女』というピースを飾っておきたかっただけなのだ。そのピースが欠けた瞬間、彼は迷いもなく私をゴミのように排除した。
「愛なんて、脆いものね」
誰の声だったのか。自分の唇が震えたのかさえ、もう分からない。
外では雨が降っている。街の騒音や、誰かの笑い声が、この病室の静寂を塗りつぶしていく。彼は去った。私という人間を、たった一つの記号で選別し、切り捨てた。
私は剥き出しになった傷跡の上から、そっと毛布を掛けた。愛とは、相手の痛みさえも半分こにする旅だと思っていたけれど、彼にとってのそれは、ただの消費活動に過ぎなかった。
それでも、私はペンを握る。彼という薄っぺらな男の醜さを、冷徹なまでの物語として書き残すために。彼が奪い去ったのは私の身体だけだ。私の心と、私の言葉は、誰にも選別させない。
雨音の向こう側で、明日の朝が待っている。
私は生きている。たとえ、どんな形であっても。
読者のあなたに問いかけたい。
これは、恋愛だったのだろうか。
愛する人が傷ついた時、その機能が失われた時、それでもなお隣にいられるか。そうではないなら、それは一体何なのだろうか。
「命の選別」という排除の論理は、日常のひだに隠されている。誰かをブランドのように愛し、劣化すれば捨てる。そんな愛が、この世界で「普通」としてまかり通っているとしたら、私たちはあまりにも脆い鎖で繋がれているのではないだろうか。
私はただ、この物語を通して、その「脆さ」の向こう側にある本当の人間の尊厳を見つめたいと思っている。
