パンデミック.新形コロナウイルス

地下室の重い扉が開き、ミキ義人先生が姿を現した。白衣は完璧にプレスされ、首から下げた聴診器さえもが、この非常事態における「理性の象徴」のように冷たく光っている。
「ほう、楽しそうだな。まるで宴会か」
先生の声が響くと、どんちゃん騒ぎがふっと止まった。僕は心臓が喉から飛び出るほど驚き、ポケットとカバンに手を突っ込んで、あかりたちからもらった温かいマスクを必死に押し込んだ。それはまるで、禁断の果実を隠すような、あるいは僕の聖域を荒らされるような、背徳と恐怖が入り混じった瞬間だった。
「……腹が減ったな。明日のテレビ出演のために、少しばかり力もつけておきたい。仲間に入れてくれないか?」
その言葉に、ニコルちゃんが真っ先に笑って「いいですよ、先生!」と場所を空けた。僕の動揺をよそに、彼女たちは先生を自然に迎え入れる。
先生は僕のポケットをチラリと見て、すべてを察したような複雑な笑みを浮かべた。
「感染対策として見れば、今の状況は……まあ、言語道断だな。私がそれを良しとしたら、私の立場がなくなってしまう」
彼はそう言ってため息をついた。だが、その手にはすでに誰かが差し出した酒のコップが握られている。
「……だが、今日のところは『なかったこと』にするか。私という人間も、結局はただの男だからな」
先生は堅苦しい感染症の理屈を並べ立てながら、僕の隣で豪快に唐揚げを頬張り、酒を煽った。白衣を着て、テレビでは「密を避けろ」と説く彼が、ここではマスクを外し、僕たちと同じ空気を吸い、同じ皿を囲んでいる。
「先生、テレビではあんなこと言ってるのに、ここでは随分と不衛生だね」
あかりがからかうと、先生は照れ臭そうに、しかしどこか満足げに肩をすくめた。
「所詮は建前さ。家庭では妻に『外で変なことするなよ』と釘を刺されているがな。……だが、人間というのは、理屈だけで生きていられるほど単純ではないだろう?」
彼は器用に「外向きの顔」と「ここでの本音」を使い分けていた。僕たちが酒を飲み、笑い声を上げ、マスクを隠し持ったまま泥臭く愛し合うのと同じように、先生もまた、この堅苦しい社会の歯車として生きるために、ここへ「人間性」を取り戻しに来ていたのだ。
僕たちは再びどんちゃん騒ぎを始めた。感染症対策という名の堅苦しい講釈をBGMにしながら、僕たちは酒を酌み交わし、飯を食い、マスクを外した者同士の熱を分け合う。
「なあ、先生もこっち側だろ?」
僕が小声で突っ込むと、先生はわざとらしく咳払いをして、「さあ、どうかな。明日の報道番組が心配で仕方ないよ」と笑った。
マスクの下の素顔。建前という鎧の下にある欲望。
僕たちは全員、この地下室という聖域で、社会に隠した「本当の自分」を剥き出しにしている。世間が何を言おうと、明日になればまた僕たちは「対策」という仮面を被らなければならない。けれど、今この瞬間だけは、ミキ先生さえもが共犯者となり、この泥臭い宴に身を浸している。
その事実だけで、僕は最高に満たされた気分だった。僕のポケットの中で、彼女たちの体温がまだ微かに残っている。それを握りしめ、僕は先生の説教を笑い飛ばしながら、再び酒を煽った。社会の建前なんて、この熱気の前ではすべて紙屑同然だった。