パンデミック.新形コロナウイルス

バスは、どこまでも続く海岸線を、静かに波を分けて走っていく。
車窓に映る海の色は、いつかの記憶よりも少しだけ冷たく感じられた。去年までは、隣に彼女がいた。海風に髪をなびかせながら、彼女が小さく笑って「綺麗だね」と言った、あの光景。同じ景色を、同じ温度で共有し合えたあの時間は、バスの振動とともに僕の鼓動に刻まれている。
けれど、来年の今頃、彼女はもうこのバスに乗っていない。
あかり。君がいたから、三崎の風景は意味を持っていた。君が去ったあとの世界は、どれほど美しい景色を並べても、どこか色が褪せて見える。それでも僕は、今年もバスに乗った。君と見た景色を、もう一度、一人でなぞるために。
「三崎めぐりのバスは走る。揺られながら、悲しみを追い越して……」
ラジオから流れる古い曲を聴きながら、僕は目を閉じる。歌詞の一節一節が、かつて僕たちが交わした会話の残響のように響く。一人で見る三崎は、驚くほど寂しい。君の温もりを感じていたシートの横は、今はただの冷たい空席だ。でも、僕はその空席にさえ、君が残した記憶の形を感じようとしている。
僕たちの物語は、このバスの終着点には届かない。かつて僕たちが「三崎めぐり」をシェアしたあの夏は、永遠の過去として、僕の胸の中でだけ走り続けている。
桜坂高校の音楽室で、僕はじじいが奏でるギターに耳を傾ける。あの荒っぽい、けれど魂の琴線に触れるリズム。それに合わせて、僕はこの「三崎めぐり」の物語を、生徒たちと、そしてラジオの前の誰かへ伝える。
この歌は、ただの観光の記録じゃない。失ったものへの手向けであり、失うことを知った人間だけが持てる、切なくも美しい愛の形だ。
僕は窓の外に広がる海を見つめる。
いつか君が言った言葉が、波の音に混ざって聞こえた気がした。
「また、巡ろうね」
その言葉を信じて、僕は今日もバスに乗る。例え隣が空席でも、君が教えてくれたこの歌を抱きしめて、僕はバスの物語を紡ぎ続けていく。
空席の隣で、僕はそっと君の名前を呼んだ。バスは海沿いの道を、僕たちの記憶を乗せて、どこまでも、ただひたすらに走っていく。