パンデミック.新形コロナウイルス

その男の正体を知ったとき、僕の背筋に走ったのは衝撃ではなく、静かな納得感だった。あの日、千葉駅の喧騒の中で、じじいと肩を並べてギターをかき鳴らしていた相棒。コロナ禍という巨大な壁に阻まれ、路上から居場所を奪われ、CDを配る手も、歌を届ける声も、冷たい時代の風にさらされて鈍ってしまった、かつての戦友だった。
三崎めぐりや、時代の風雪に耐えてきた渋い名曲たち。二人が路上で奏でていたあの音の記憶が、地下室の空気と混ざり合う。彼らがかつて食べていたライブハウスの灯りは消え、じじいは追われ、ギターの腕さえも錆びつかせてしまったけれど、ここにはまだ、「場所」があった。
「路上ライブができないなら、ここでやればいい」
僕は彼らにそう告げた。桜坂高校の敷地内なら、誰に邪魔されることもない。警察が来ないこの病院の地下聖域と、自由な校風の桜坂が、かつて彼らが奪われた「歌う場所」を再定義してくれるはずだ。
さらに、僕たちは一歩先へ踏み出した。かつて喧嘩の末に解決した、中国側との交渉を逆手に取るのだ。
「今の時代、路上にこだわる必要はない。俺たちが持っているのは、世界と繋がる回線だ」
中国政府との調整を重ね、TikTokでの配信を「公式」な文化交流の一環として認めさせた。あのパンダ騒動の解決条件が、今や僕たちの最大の武器になっていた。ライブの模様を中国国内を含む世界中へリアルタイムで配信し、地下から発信される音が、ネットという名の巨大な線上を通って、かつての路上ライブ以上の規模で拡散されていく。
じじいと相棒、二人の指先が再び重なる。錆びついていたギターの弦が、再び熱を帯び、かつての「ちゃちゃちゃ」という刻みが、以前よりも鋭く、そして優しく空間を切り裂く。
そこにはもう、コロナという病も、社会的な断絶もない。ミキ義人先生が守り抜いた地下5階の静寂のすぐ上で、僕たちは世界中に向けて、オンラインによる「現代の路上ライブ」を繰り広げていた。
「さあ、聴いてくれ」
そうして、桜坂から放たれた音は、画面の向こう側の見知らぬ誰かの心へ、時空を超えて、まっすぐに届いていく。僕たちの物語は、オンラインとリアル、そして病院と高校という異次元を連結し、今、かつてないほどの輝きを放ちながら走り出したのだ。