パンデミック.新形コロナウイルス

この病院は、単なる医療施設を超越した「移動のハブ」となっていた。地下に広がるその入り口を選び抜くことで、空間そのものを跳躍できるのだ。
ある出口を抜ければ、そこは騒音と情熱が渦巻く秋葉原のメイド喫茶や、洗練された丸の内のオフィス街へと直結している。また別の地下の扉を開けば、内房線沿線の穏やかな風が吹く、桜坂の豊かな自然が広がる田舎の風景へと繋がっている。
電車という公共の乗り物に一切触れることなく、汚染とも混雑とも無縁な環境で、目的地から目的地へと移動できる。それは、コロナ禍という閉塞的な時代に、僕たちが手に入れた「空中移動」のような術だった。まるでロケットのように、点と点の間を瞬時に移動し、無菌の空間で自分の生活を完結させる。
この快適な病院は、単なる療養の場ではない。地下室という密室から、世界中のあらゆる場所へとアクセスできる、物語のターミナルなのだ。僕たちはこの病院を拠点に、桜坂の穏やかな調べと、都会の喧騒を、何ら媒介を挟むことなく自分たちの足で繋いでいた。
この移動の自由こそが、僕たちの滔々小説を支える動力源である。病院という不動の場所でありながら、どこへでも行けるこの奇妙な利便性。これこそが、かつて閉ざされていた僕たちの世界を、外の世界と滑らかに連結させるための、最強のコロナ対策であり、新しい生き方の形だった。