パンデミック.新形コロナウイルス

じじいは、地下室の片隅に何本ものギターを預けていった。まるで自分の魂を分身させて置いていくかのように。彼が自分の手元に残したのは、その中から選りすぐった一番愛着のある一本だけ。
この病院と大原櫻子の関係は、いつの間にか切っても切れないほど密接なものになっていた。地下という閉ざされた場所で、僕たちが彼女の歌を拠り所に生きていることを、彼女の側も知っていたのかもしれない。ついに、病院とアーティストが合同で文化祭を主催するという、信じがたい企画が立ち上がった。
そして、そのステージで僕たちは『瞳』を披露することになった。
課題は、あの伝説的な「ちゃちゃちゃ」というギターの刻みだ。じじいが弾くあの魂の音を再現するために、僕は彼が残していった何本ものテープを、擦り切れるほど繰り返し聴いた。ヘッドホンから流れるノイズ混じりの旋律を、耳の奥まで染み込ませる。ただの楽譜にはない、彼の指の震え、弦を叩く爪の角度、あの独特の「溜め」と「渇き」。それらを脳内で完璧にコピーし、指先に宿した。
「10月9日。文化祭のステージで、俺たちが証明するんだ」
地下の住人たちは、それぞれが抱える傷や事情を、この日のために鳴らそうと決めていた。
文化祭当日。学校の体育館の喧騒とは隔絶された、地下病棟の住人たちによる特設ステージ。そこには、地上から隔離された者たちが、初めて「自分たちの音楽」を鳴らすための光が集まっていた。
ニコルも、正男も、あかねも、そしてあかりも。それぞれが地上の規律から解放され、この場所でようやく手にした本当の居場所を背負ってステージに並ぶ。僕たちの手には、じじいの魂が宿ったギターが握られている。
地下の回廊に反響する、僕たちの呼吸。
あのじじいが奏でた、あの歪んだ「ちゃちゃちゃ」。
今、その音を僕たちが再現する。地上の大人たちが何と言おうと、この地下の聖域で、僕たちは音楽を愛し、隣にいる人間を愛し、最高の瞬間を共有する。10月9日、地下から世界を変えるための、最高に「うるさい」文化祭が、今、幕を開けようとしていた。