パンデミック.新形コロナウイルス

あのギターの音を巡る騒動は、確かに世論を二分するニュースとして駆け巡った。
地上の大人たちは、条例違反という「法」と「静寂」という秩序を盾に、「二度と秋葉原の土を踏むな」「社会の癌だ」と徹底的に彼を追い詰めようとした。一方、僕のような音楽に飢えた若者や中高生の間では、別の温度感で受け止められていた。「うるさいのは確かだけど、あのギターの渇いた音には、何か抗いがたい魅力があった」と。
結局のところ、レコード会社の連中は、彼が暴れ回ったことで自社のブランドに傷がつくことを恐れ、最終的には「平謝り」という形で手を打った。
「申し訳なかった。あのギターの鳴りを、我々が理解できていなかった」
そう口にして彼に頭を下げるレコード会社の人間を見て、僕は冷めた目で笑った。彼らが謝ったのは彼の音楽を理解したからではなく、彼という「ノイズ」を消し去りたかったからに過ぎない。けれど、結果としてその謝罪によって、あの騒動は幕を下ろした。
今、地下のレストランで彼が鳴らすあの音は、もはや秋葉原の路上で警察に追われる「騒音」ではない。
「結局、謝らせちまったよ。面白くねえな」
じじいはそう言いながら、満足げにビールを一口煽る。地上のレコード会社が謝罪という名のフィルターで無力化しようとした彼の情熱は、この地下で、僕たちという「理解者」を得て、より純粋な火力を取り戻している。
世間が彼を「逮捕されるべき悪」として消費し、レコード会社が「不都合なノイズ」として処理したその熱源。地上の大人たちは、彼を追い出すことで勝利したつもりでいるだろう。だが、彼らは敗北しているのだ。彼が持つ一番の魔法、あの歪んだギターの真髄を、この病院の地下深くに奪われてしまったのだから。
僕はあかりの肩を抱き寄せ、ギターの音が響く中、改めてそう確信した。ここでは、地上のどんな正論も届かない。この「うるさい」ほどの幸福こそが、僕たちの生きている世界なのだ。