パンデミック.新形コロナウイルス

あのじじいの裁判員を務めた時のことは、今でも鮮明に覚えている。
秋葉原の雑踏、総武線の構内放送さえ掻き消すほどのあの狂気じみたギターの音。条例違反で連行された彼が法廷で見せたのは、反省の弁などではなく、ただ自分のギターの「あの音」に対する、純粋すぎるほどの執着だった。
「人を殺したわけじゃない、ただ音が足りなかっただけだ」
法廷でそう言い放った彼の目は、どこか子供のようだった。橋から人を突き落とすような悪意ある事件と比べれば、彼の罪なんて、街のノイズに埋もれていく小さな火花に過ぎない。半年から1年、地上の檻で冷やされた彼は、もう秋葉原で騒音を撒き散らすことはないだろう。
しかし、世の中から爪弾きにされた彼を、この病院の地下という「隔離された聖域」へ招き入れるというのは、これ以上ないほど最高の解決策だった。
「よう、また会ったな」
地下レストランの片隅で、彼が再びあの歪んだギターを構える。相変わらず「ちゃちゃちゃ」としか弾けない、不器用で頑固な旋律。けれど、その音が地上の法や条例に縛られず、この地下の空気を震わせている。
僕は、彼が大好きだった。
世間が「騒音」として切り捨てたその情熱を、僕たちは「宴」として迎え入れたのだから。彼をこの地下の住人として引き入れたことは、この病院がただの療養所ではなく、地上の落伍者たちが集う自由な帝国であることを証明している。
「おい、じじい。次はあのフレーズを頼むよ」
僕がそう声をかけると、彼はヒューヒューと笑いながら、再び弦を弾いた。地上の警察や判決文には届かない、この地下3階だけの極上のリズム。
あかりもニコルも、みんながそのリズムに合わせてグラスを傾け、肩を揺らしている。地上の冷たい日常からあぶれた僕らと、同じように社会から弾かれたあのじじい。この地下の聖域で、歪んだギターの音色だけが、誰よりも真っ直ぐに僕たちの魂を祝福していた。