季節は巡り、地下の湿った空気にもわずかな春の兆しが混じり始めていた。
ある日、ニコルと浜辺美波が、秋生の個室へ駆け込んできた。その表情はいつもの落ち着いた慈愛とは違い、心からの喜びに輝いている。
「ねえ、秋生くん。あかりのこと、聞いた?」
ニコルの問いかけに、秋生が身を乗り出す。
「あかりが無菌室から出ることになったの。状態も安定して、骨髄移植の経過も良好だって」
その言葉を理解した瞬間、秋生の胸の中に熱いものが込み上げた。ずっとガラスの向こう側、無菌の檻の中にいたあかりが、ついにこちら側へやってくる。
「本当か……!」
「ええ。もちろん、まだ無菌状態の維持は必要よ。でも、ここなら大丈夫。この地下の聖域の中なら、もうマスクなんてしなくていいんだから」
ニコルがそう言うと、美波も優しく微笑んだ。地下の澄んだ空気が、今までとは違う色に満ちていく。あかりとの間にあった物理的な隔絶が消え、言葉の端々で飛沫を交わし、互いの呼吸を直接感じ合える時間が、ついに訪れるのだ。
秋生は喜びを抑えきれずに立ち上がった。まるで、閉じ込められていた世界が急激に広がるような予感に、足元のキャスター付き椅子が音を立てて滑る。
その姿を見て、ニコルはふっと口元を緩めると、あかりの無菌室へ向かう秋生の背中に向かって、少しだけ意地悪な冗談を放った。
「あかりちゃんに会って、あまり羽目を外して変なことやるんじゃないわよ?」
その言葉に、後ろを歩いていた美波が声を上げて笑った。地下の冷たい廊下に、彼女たちの笑い声が軽やかに反響する。
地上の誰が知ろうか。この閉ざされた病院の底で、重篤な病を抱えた少女が檻を出るというだけで、これほどまでに豊かな幸福が祝われていることを。秋生は早足で、あかりが待つあの部屋へと向かった。そこにはもう、自分たちを隔てるものは何もない。飛沫も、吐息も、体温も、すべてを分け合える明日が待っていた。
ある日、ニコルと浜辺美波が、秋生の個室へ駆け込んできた。その表情はいつもの落ち着いた慈愛とは違い、心からの喜びに輝いている。
「ねえ、秋生くん。あかりのこと、聞いた?」
ニコルの問いかけに、秋生が身を乗り出す。
「あかりが無菌室から出ることになったの。状態も安定して、骨髄移植の経過も良好だって」
その言葉を理解した瞬間、秋生の胸の中に熱いものが込み上げた。ずっとガラスの向こう側、無菌の檻の中にいたあかりが、ついにこちら側へやってくる。
「本当か……!」
「ええ。もちろん、まだ無菌状態の維持は必要よ。でも、ここなら大丈夫。この地下の聖域の中なら、もうマスクなんてしなくていいんだから」
ニコルがそう言うと、美波も優しく微笑んだ。地下の澄んだ空気が、今までとは違う色に満ちていく。あかりとの間にあった物理的な隔絶が消え、言葉の端々で飛沫を交わし、互いの呼吸を直接感じ合える時間が、ついに訪れるのだ。
秋生は喜びを抑えきれずに立ち上がった。まるで、閉じ込められていた世界が急激に広がるような予感に、足元のキャスター付き椅子が音を立てて滑る。
その姿を見て、ニコルはふっと口元を緩めると、あかりの無菌室へ向かう秋生の背中に向かって、少しだけ意地悪な冗談を放った。
「あかりちゃんに会って、あまり羽目を外して変なことやるんじゃないわよ?」
その言葉に、後ろを歩いていた美波が声を上げて笑った。地下の冷たい廊下に、彼女たちの笑い声が軽やかに反響する。
地上の誰が知ろうか。この閉ざされた病院の底で、重篤な病を抱えた少女が檻を出るというだけで、これほどまでに豊かな幸福が祝われていることを。秋生は早足で、あかりが待つあの部屋へと向かった。そこにはもう、自分たちを隔てるものは何もない。飛沫も、吐息も、体温も、すべてを分け合える明日が待っていた。
