パンデミック.新形コロナウイルス

地下のリハビリ室から、金属を叩く乾いた音が響き渡っていた。
「トントントン……」
そのリズムの主は、理学療法士の正男だった。彼は汗を拭うことも忘れ、一台のエアロバイクを執拗なまでに分解していた。傍らには「未来の僕」が、その作業を冷ややかな目で見守っている。
「……何やってるの?」
僕が尋ねると、正男は作業の手を止めずに言った。
「見ての通りさ。リハビリのための器具を作ってるんだよ」
理学療法士という枠組みを超えた彼の執念に、僕は純粋な敬意を感じた。
「すごいな。やっぱり流石だよ、正男さん」
だが、その言葉に反応したのは正男ではなく、未来の僕の方だった。彼は鼻で笑うと、僕を射抜くような鋭い視線を向けた。
「前とは違うからな。勉強もせず、毎日毎日看護師や女と遊んでるお前とは違うんだよ」
その毒を含んだ言葉に、本来なら怒りや悔しさがこみ上げるはずだった。けれど、不思議と肌は立たなかった。僕の意識は、すでに正男の作り上げた「改造物」に釘付けになっていたからだ。
それは、もはやエアロバイクではなかった。本体には滑らかなキャスターと小車輪が取り付けられ、床を蹴れば驚くほど軽く、地底の回廊を滑走できる仕組みになっていた。さらに、その背後にはビールケースを流用した頑丈なカゴが連結されている。
「遠足に行けない子供たちのために、バスを作ったんだ」
正男はボソリと呟いた。その言葉の意味を理解した瞬間、胸の奥が熱くなった。地下という閉ざされた世界で、どこにも行けない子供たちのために、彼はこの「走るバス」を設計したのだ。
子供たちがこれに乗れば、地下の冷たいコンクリートは、彼らにとっての草原やハイウェイに変わる。遠足ごっこができる。
「すごい……」
感嘆の溜息が漏れた。女と遊び、ただ時間を浪費していた自分とは対照的に、彼はこの暗闇の中で、子供たちのために「遊び」と「生」の希望を工作していたのだ。未来の僕が何を言おうと、目の前のこの理学療法士が見せる創造性は、この地下で何よりも輝いて見えた。
彼はただのリハビリの専門家ではない。消えゆく子供たちの人生に、最後の冒険を贈る魔法使いだった。僕はその光景を見て、ただただ感動に打ち震えていた。