パンデミック.新形コロナウイルス

地上の病棟は、ただ「治癒」という名の効率を追い求めるだけの場所だった。治せない患者はシステム上の欠陥として処理され、シーツを剥がされるようにして地下へと送り込まれる。そこには「治す」ことの傲慢さと、人間としての温もりが欠落していた。
しかし、この地下は違った。
ニコルと浜辺美波が選んだ場所。そこは、死へ向かう子供たちの魂を、最後に優しく掬い上げるための、もう一つの「医療」の最前線だった。
「治すことだけが、医療じゃないのよ」
美波は、地上では見せることのない静かな覚悟を宿した瞳で、そう語りかけた。彼女にとって、ここで最期の時を過ごす子供たちの手を握り、最期のシャボン玉を見守ることは、テレビの煌びやかな世界よりも遥かに重く、尊い使命だった。
この地下で働く彼女たちの眼差しには、哀れみや事務的な対応などは微塵もなかった。ただ、限りある時間を生きる子供たちに対して、いかに「人」として寄り添い、共に終わりを見届けるか。その問いこそが、地上では決して語られることのない、この地下病院の真理だった。
地上で「お荷物」として切り捨てられた者たちが、ここでは唯一の主役になる。
秋生は見ていた。ニコルが子供たちの髪を優しく撫でる姿を。美波が、消えゆく子供の呼吸に自らの吐息を合わせるようにして、静かに歌を口ずさむ姿を。それは、看護という技術を超えた、魂の抱擁に他ならなかった。
地上のナースステーションで繰り返される、機械的で冷酷な選別。そこから排出された存在たちが、この暗く冷たい地下で、ようやく「人間」として扱われ、最期の温もりを得ていく。
上の病棟が「生」という名の数字を競うなら、地下は「逝くこと」という名の真実を尊ぶ。
秋生は、この地下で繰り広げられる光景の中に、本当の慈愛を見た。たとえどれほど社会が彼らを「お荷物」と呼び、隔離しようとも、この場所だけは、消えていく命が最後に見る、もっとも優しい光の溜まり場だったのだ。