パンデミック.新形コロナウイルス

その「次の日」は、鉛のように重く、そして狂おしいほど静かだった。
前夜のナースステーションでの騒動、師長たちの怒声、そして禁断のシャボン玉がもたらした亀裂。それらが冷え固まった翌朝、秋生の身体は急激な熱に侵された。
高熱は、全身麻酔の深淵から引き戻された肉体の悲鳴か、あるいはニコルと共に求め合い、ナースステーションの死角で燃やしたあの背徳の興奮が、ようやく時差を持って秋生を追い詰めた結果だった。
病院側の対応は、あまりに短絡的で残酷だった。彼らは秋生の熱を、ただ一つのスケープゴートへと結びつけた。
「シャボン玉の飛沫だ。ニコルが、秋生にウイルスを移した」
PCR検査の結果がどれほど「陰性」を示そうと、そんな事実は無意味だった。彼らにとっては、管理責任を免れ、不都合な二人を切り離すための「正当な理由」さえあればよかったのだ。病院は高熱をコロナというラベルで塗りつぶし、ニコルを糾弾するための包囲網を完成させた。
それでも、夜勤明けの彼女は姿を現した。
本来なら立ち入るはずのないエリアを抜け、彼女は秋生の病室へ滑り込むようにしてやってきた。扉が閉まると、病院の騒がしい論理は遮断され、そこには二人だけの澱んだ静寂だけが残った。
秋生は力なく、彼女の膝の上に頭を預けた。熱でぼやける視界の中で、彼女の顔だけが唯一の輪郭を持って存在している。
「大丈夫……?」
彼女の声は震えていた。組織から糾弾され、秋生を感染源として隔離しようとする冷たい視線の中で、彼女だけが人間としての温もりを差し出していた。
秋生は力のない手で彼女の指を握り、熱に浮かされた喉から、言葉を絞り出した。
「変なものなんて、感染ってないよ」
大人たちがウイルスと呼ぶもの。隔離の理由にされる「汚れた飛沫」。秋生にとって、それらは恐怖の対象などではなかった。
「僕が欲しいのは、ニコルちゃんのものなんだ。チューをして、こうして混ざり合うこと。それが、この病院のどんな薬よりも、ずっとよく効くんだよ」
秋生はそう言って、彼女の膝に顔を埋めた。彼女の体温が、熱で燃える秋生の身体に浸透していく。それは医学的な治癒とは対極にある、魂の同化だった。
消毒液の匂いが鼻腔を刺すこの病棟で、秋生は彼女の吐息を吸い込みながら、確信していた。どれほど大人たちが「汚染」と切り捨てようとも、彼女と求め合うことで得られるものこそが、自分をこの地獄から救い出す唯一の解毒剤なのだと。
秋生は高熱の中で、眠りにつくこともできず、ただ彼女の膝の温もりという名の薬を貪り続けた。