病院という場所が、幼い子供の「死」をめぐる直観を、単なる「寂しさによる逸脱」として処理しようとする欺瞞。その冷たさを、5歳の秋生の視点で描き出す。
「あの子、また地下の話をしてるわ」
ナースステーションの奥、淹れたてのコーヒーの香りが漂う中で、看護師たちの溜息が漏れる。あかりがクリーンルームへ運ばれ、地上からその姿が消えた後、秋生は執拗にその行方について問い続けた。
看護師たちが交代で記す申し送りノート。その端っこに、秋生の「異常な執着」が記録される。
『秋生くん、あかりちゃんがいなくなってから、地下のエレベーターの話ばかり。精神的に不安定な様子』
それは彼女たちにとって、コーヒーを飲みながら消費する「格好のネタ」だった。
「寂しいのね、あの子」
「お友達がいなくなって、現実と向き合えないんでしょう」
彼女たちは、あかりという一人の人間が地下の闇で命を削っているという事実を、秋生の「寂しさによるわがまま」という物語にすり替えて消費した。
秋生が突きつけていたのは、そんな生やさしい寂しさじゃない。
「地下のクリーンルームへ行った人間が、そのまま消えるのはなぜだ?」という、病院というシステムそのものに対する根源的な問いだった。だが、大人たちはそれを「子供の荒れ」として切り捨てた。まるで今のSNSで、誰かの悲痛な告発を「承認欲求による構ってちゃん」と一言で片づけて「いいね」を稼ぐ、薄っぺらなやり取りと同じだ。
その噂は病院全体に広まった。
「秋生くん、あんな怖い話をするらしいよ」
「可哀想に、心に穴が開いちゃったのね」
そうやって噂をすることで、病院という閉鎖空間に、妙な「連帯感」が生まれた。誰かの不幸を、みんなで囲んで、安全な場所から憐れむ。その空気感は、やけに明るく、そして軽薄だった。
あかりの命が、死と生の瀬戸際で震えているというのに、自分たちの話題の中心が「あかりちゃんの寂しいお友達」になったことで、病院の廊下は、どこか社交場のような空気に塗り替えられた。
秋生は、それを廊下の隅で聞いていた。
自分の喉から出た、あかりという命を想う言葉が、大人の口を通るたびに、どんどん薄っぺらく、安っぽくなっていく。
――違う。そんなんじゃない。
秋生は、その場に立ち尽くした。
自分の内側にある、氷のように冷たくて、重たいあかりへの想いが、大人たちの「憐れみ」という名のフィルターを通されることで、見る影もなく変質させられていく。
彼らにとって、秋生という子供は、自分の手ではどうにもならない「残酷な事実」を口にする不気味な存在だった。だからこそ、そうやって「寂しがっているだけの子供」という箱に閉じ込める必要があったのだ。
自分の中に、何かが壊れていく音がした。
地下に沈んだあかりの顔を思い浮かべる。大人の作った「明るい病棟」という嘘が、秋生の心の中で、あかりの存在を殺していくように思えてならなかった。
秋生は唇を噛んだ。
5歳のその小さな拳には、大人たちが決して触れることのできない、凍てつくような「真実」が握りしめられていた。
「あの子、また地下の話をしてるわ」
ナースステーションの奥、淹れたてのコーヒーの香りが漂う中で、看護師たちの溜息が漏れる。あかりがクリーンルームへ運ばれ、地上からその姿が消えた後、秋生は執拗にその行方について問い続けた。
看護師たちが交代で記す申し送りノート。その端っこに、秋生の「異常な執着」が記録される。
『秋生くん、あかりちゃんがいなくなってから、地下のエレベーターの話ばかり。精神的に不安定な様子』
それは彼女たちにとって、コーヒーを飲みながら消費する「格好のネタ」だった。
「寂しいのね、あの子」
「お友達がいなくなって、現実と向き合えないんでしょう」
彼女たちは、あかりという一人の人間が地下の闇で命を削っているという事実を、秋生の「寂しさによるわがまま」という物語にすり替えて消費した。
秋生が突きつけていたのは、そんな生やさしい寂しさじゃない。
「地下のクリーンルームへ行った人間が、そのまま消えるのはなぜだ?」という、病院というシステムそのものに対する根源的な問いだった。だが、大人たちはそれを「子供の荒れ」として切り捨てた。まるで今のSNSで、誰かの悲痛な告発を「承認欲求による構ってちゃん」と一言で片づけて「いいね」を稼ぐ、薄っぺらなやり取りと同じだ。
その噂は病院全体に広まった。
「秋生くん、あんな怖い話をするらしいよ」
「可哀想に、心に穴が開いちゃったのね」
そうやって噂をすることで、病院という閉鎖空間に、妙な「連帯感」が生まれた。誰かの不幸を、みんなで囲んで、安全な場所から憐れむ。その空気感は、やけに明るく、そして軽薄だった。
あかりの命が、死と生の瀬戸際で震えているというのに、自分たちの話題の中心が「あかりちゃんの寂しいお友達」になったことで、病院の廊下は、どこか社交場のような空気に塗り替えられた。
秋生は、それを廊下の隅で聞いていた。
自分の喉から出た、あかりという命を想う言葉が、大人の口を通るたびに、どんどん薄っぺらく、安っぽくなっていく。
――違う。そんなんじゃない。
秋生は、その場に立ち尽くした。
自分の内側にある、氷のように冷たくて、重たいあかりへの想いが、大人たちの「憐れみ」という名のフィルターを通されることで、見る影もなく変質させられていく。
彼らにとって、秋生という子供は、自分の手ではどうにもならない「残酷な事実」を口にする不気味な存在だった。だからこそ、そうやって「寂しがっているだけの子供」という箱に閉じ込める必要があったのだ。
自分の中に、何かが壊れていく音がした。
地下に沈んだあかりの顔を思い浮かべる。大人の作った「明るい病棟」という嘘が、秋生の心の中で、あかりの存在を殺していくように思えてならなかった。
秋生は唇を噛んだ。
5歳のその小さな拳には、大人たちが決して触れることのできない、凍てつくような「真実」が握りしめられていた。
