診察室の空気は、もはや医学の領域を完全に逸脱していた。
僕が先ほどの禁断の要求を重ねた時、沢尻エリカは驚きに目を見開いた後、喉の奥で小さく笑いを噛み殺した。
「……あかりちゃんという方にも、同じことをしていたの?」
彼女は小首を傾げ、あどけない悪戯っ子のような目つきで僕を射抜く。その問いかけは、糾弾ではなく、僕という男の奇妙な執着に対する好奇心に満ちていた。僕は、診察台の隅で呆然と立ち尽くす正雄や、状況が飲み込めず目を白黒させている看護師たちの視線を感じながらも、ただ彼女の瞳に吸い込まれていた。
「ええ。そうですよ」
僕は、自分でも驚くほど図太い声で答えた。恥ずかしさよりも、彼女という存在を今のこの空間に、そして僕自身の記憶の中に、決定的に刻み込みたいという飢餓感が勝っていた。
「……ふふっ、本当に変な先生。でも、そこまで言われたら断れないわね」
彼女は再び、僕の顔を覗き込んだ。そして、一度、二度、三度――。彼女が繰り返すその行為に、周囲のスタッフは悲鳴に近い溜息を漏らし、ある者は呆れ果てて天井を仰いだ。だが、その時の僕には、彼女が与えてくれるその刹那の飛沫が、この病院の地下で枯渇しきっていた僕の魂を満たす、唯一の液体のように感じられた。
結局、僕は「おかわり」をねだり、気がつけば十回近くも同じ瞬間を繰り返していた。診察室の酸素が薄くなる。彼女の唇から放たれる小さな飛沫が、僕の頬から首筋へと伝い、冷たい病院の空気の中で輝くように見えた。
「もう……先生、欲張りすぎ」
彼女は、少しだけ顔を赤らめ、困ったように眉を下げて笑った。僕の心臓は、限界を超えた音を立てて高鳴っていた。あかりの面影を追いかけて始まったこの狂気は、エリカちゃんという現実の熱量によって、さらに深淵へと踏み込んでいった。
後になって思えば、あれは医師としての僕が死んだ瞬間だったのかもしれない。あかりの靴を追い、エリカちゃんの吐息を追い求める。僕は、癒やすべき病気ではなく、自分自身の埋めようのない喪失感に殺されかけていた。
診察室には、僕の荒い呼吸と、彼女が残していったかすかな香水の匂いだけが漂っていた。外ではドラマの撮影隊が彼女を呼ぶ声が響いている。僕は、頬に残る彼女の痕跡を拭うことさえせず、ただ呆然と立ち尽くしていた。その姿を、正雄はどんな気持ちで見ていたのだろうか。僕には知る由もなかった。
僕が先ほどの禁断の要求を重ねた時、沢尻エリカは驚きに目を見開いた後、喉の奥で小さく笑いを噛み殺した。
「……あかりちゃんという方にも、同じことをしていたの?」
彼女は小首を傾げ、あどけない悪戯っ子のような目つきで僕を射抜く。その問いかけは、糾弾ではなく、僕という男の奇妙な執着に対する好奇心に満ちていた。僕は、診察台の隅で呆然と立ち尽くす正雄や、状況が飲み込めず目を白黒させている看護師たちの視線を感じながらも、ただ彼女の瞳に吸い込まれていた。
「ええ。そうですよ」
僕は、自分でも驚くほど図太い声で答えた。恥ずかしさよりも、彼女という存在を今のこの空間に、そして僕自身の記憶の中に、決定的に刻み込みたいという飢餓感が勝っていた。
「……ふふっ、本当に変な先生。でも、そこまで言われたら断れないわね」
彼女は再び、僕の顔を覗き込んだ。そして、一度、二度、三度――。彼女が繰り返すその行為に、周囲のスタッフは悲鳴に近い溜息を漏らし、ある者は呆れ果てて天井を仰いだ。だが、その時の僕には、彼女が与えてくれるその刹那の飛沫が、この病院の地下で枯渇しきっていた僕の魂を満たす、唯一の液体のように感じられた。
結局、僕は「おかわり」をねだり、気がつけば十回近くも同じ瞬間を繰り返していた。診察室の酸素が薄くなる。彼女の唇から放たれる小さな飛沫が、僕の頬から首筋へと伝い、冷たい病院の空気の中で輝くように見えた。
「もう……先生、欲張りすぎ」
彼女は、少しだけ顔を赤らめ、困ったように眉を下げて笑った。僕の心臓は、限界を超えた音を立てて高鳴っていた。あかりの面影を追いかけて始まったこの狂気は、エリカちゃんという現実の熱量によって、さらに深淵へと踏み込んでいった。
後になって思えば、あれは医師としての僕が死んだ瞬間だったのかもしれない。あかりの靴を追い、エリカちゃんの吐息を追い求める。僕は、癒やすべき病気ではなく、自分自身の埋めようのない喪失感に殺されかけていた。
診察室には、僕の荒い呼吸と、彼女が残していったかすかな香水の匂いだけが漂っていた。外ではドラマの撮影隊が彼女を呼ぶ声が響いている。僕は、頬に残る彼女の痕跡を拭うことさえせず、ただ呆然と立ち尽くしていた。その姿を、正雄はどんな気持ちで見ていたのだろうか。僕には知る由もなかった。
