パンデミック.新形コロナウイルス

役人は鼻で笑い、無機質な視線を会議室全体に投げかけた。
「世間ではファイザー製ワクチンへの疑念が渦巻き、それがコロナ後遺症という旗印を掲げた新たな社会闘争を生んでいる。マスクを外して街を闊歩し、美しさを誇示する者たちがいる一方で、見えない恐怖に縛られ、救済を叫ぶ者たちがいる。この分断こそが、今のこの国の病理だ」
彼の言葉は、社会の混沌を嘲笑うかのように響いた。病院の外では、ワクチンそのものへの不信感と、後遺症という名の実体なき不安が交錯し、論理なき怒りが街を覆っている。
「マスクを外す者たちの論理、そして後遺症を盾にする者たちの論理。どちらも結局は『自分は被害者だ』という主張に帰結する。だが、統計という冷徹な数字の前では、個人の苦しみなど微細なノイズに過ぎない」
会議室にいた医師たちですら、その冷酷な言葉に反論できず、肩をすぼめた。彼らもまた、その分断の渦中にいる。ファイザーという巨大な影と、後遺症という名の澱。その間に挟まれ、病院という聖域すらもが、単なる利権の争奪戦の場へと成り下がっていた。
私はあかりのいた病棟を思い浮かべた。あかりは予防などという議論には無縁だった。ただ、静かに、そして抗いようもなく、病魔にその命を削り取られていった。彼女が見ていたのは、そんな醜い分断などない、もっと純粋な生と死の境界だったはずだ。
「あなたがたが論じているのは、医学ではない。政治と、そして恐怖を利用した生存競争だ」
私の声は、会議室の冷たい空気の中で、かえって異様なほど明瞭に響いた。
「ワクチンが危険だと叫ぶ者も、後遺症で補償を求める者も、結局は同じ。自分の運命を誰かのせいにしたいだけの弱者たちだ。そして、それを煽り、分断を深めることで利益を得ているのは、国という巨大な組織そのものじゃないのか」
役人がゆっくりと立ち上がった。その背後には、点滴の雫が規則正しく落ちる、あの戦慄の夜の幻影が見えた。分断が極まり、誰かが狂気を暴発させれば、病院の地下で燻っている悪夢は、再び現実の毒となって誰かの点滴に混入するだろう。
「この先、何が起きても我々は知らない。君たちの選んだ正義が、どんな結末を迎えるか――」
役人はそう言い残し、会議室を去った。残されたのは、凍りついた医師たちと、正解のない問いだけだった。窓の外では、今日も誰かがマスクを外し、何かに抗うように街を歩いている。その風景が、あかりのいない世界の空虚さを、より一層際立たせていた。