パンデミック.新形コロナウイルス

役人は鞄から一冊の報告書を取り出し、無機質な動作でテーブルに置いた。その表紙に書かれた病院名は、私の勤務先と酷似しているが、どこか異界の施設のように見えた。
「これは提案ではない。決定だ」
役人の言葉は、あかりの体温を奪い去ったあの冬の日の沈黙と似ていた。あかりは、白血病という運命に抗う術を持たなかった。しかし、今この病院が扱っている後遺症という澱は、選択の結果としてそこに存在している。
「予防という盾を捨てた者たちのために、なぜ我々がこれ以上、医療資源を割かねばならない」
医師の声が震えている。正義感なのか、あるいは自分たちの報酬が削られることへの焦燥なのか。彼らはあかりを「運命」の象徴として担ぎ上げ、コロナ後遺症患者を「過失」として切り捨てる論理を完成させた。
私は窓の外を見た。曇り空の下、人々はマスクをして歩いている。彼らの中に、この会議室の結論を知る者はいない。
「あの点滴の一滴で、病院が変わったんじゃない。我々が変わったんだ」
私の呟きは、会議室の冷たい空気の中に吸い込まれた。役人は視線を私に向けた。その瞳は、あかりの入院していた病棟で見た、あの無感情な機械のレンズと重なった。
「決まりごとの中には、慈悲など必要ない。必要なのは数字と、結果だけだ」
彼の手が、資料のページをめくる。その乾いた音が、この病院の地下深くで、死んだはずのあかりの鼓動を再び刻み始める予感がした。