「承知しました」

時雨はそう言い、桜鈴の部屋から遠ざかっていく。その足音を聞いてまた桜鈴は涙をこぼした。

もしも貴族と結婚してしまえば、桜鈴はもう時雨と会えなくなってしまう。それがたまらなく辛かった。遠ざかっていく足音はもう二度と戻って来ないような気がして、桜鈴の胸を揺さぶっていく。

泣き疲れてしまったのか、気が付けば桜鈴は眠ってしまっていた。西に大きく伸びた影と夕日が眠ってから相当な時間が経ったことを桜鈴に教えている。

「ああ、眠ってしまったのね……」

桜鈴は読みかけの風土記を手にし、ため息をつく。こうして泣き疲れてしまうのは初めてではない。

「こんな時代ではなく、もっと自由な時代に生まれればよかった……」

この時代の恋は、みんな花びらで恋を誤魔化すのだ。好き、嫌いと言いながら想いを隠していく。それを見ていた桜鈴はたまらなく辛かった。

「桜鈴様、失礼いたします」

時雨が入って来た。桜鈴は慌てて着崩れた朝服を正し、時雨をいつものような瞳で見つめる。