このままじゃ、電車もタクシーも乗れない。

私は慌ててスーツに着替え直して、荷物を鞄に詰める。


「お待たせしました」

恥ずかしい。

私が社長の顔を見られずにいると、社長はひょいっと私の鞄を取り上げた。

えっ?

驚いて私が顔を上げると、社長はもうスタスタと先を歩いている。

「ほら、早く来いよ」

振り返った社長に言われて、私はまたパタパタと駆け出した。

「お前は……
 ほんと、いつも走ってんな」

呆れたように笑う。

私の中では、走ってるつもりは全然ないんだけど、周りからは、いつも小走りに走ってるって言われる。

あーあ。
私も相田さんみたいに落ち着いた女の人になれればいいのに。

「ま、それが八代のいいとこだけどな」

へ?
いいとこ!?

初めて言われた。

でも、いつも走ってるのがいいとこって、なんか変。
他にほめようがないから、社交辞令で言ってるのかな。

よく分からないまま、私は曖昧に笑って社長の後をついて行く。



 会社を出ると、タクシーが待っていた。どうやら、私が準備をしている間に社長が呼んでくれてたらしい。

 私は、先に後部座席に乗り込み、奥へとずれる。社長は持ってた私の鞄だけ先に乗せ、後から乗り込んできた。私は鞄を膝に抱え、社長が行き先を告げて、タクシーが走り出した。

「そう言えば、社長はなんでこんな時間に
 会社にいたんですか?」

しかも仮眠室に。

「接待で酒飲んで、帰るのがめんどくさく
 なったんだよ。接待の後はよくやるんだ」

そうなの?

そういえば、社長室には小さなクローゼットに予備のスーツやネクタイなどの着替えが礼服とともにしまってある。

知らなかった。
じゃあ今日、見つからなくても、一月(ひとつき)もいたら、いつか見つかってたんだ。




 20分ほどで高層マンションに着き、タクシーを降りる。

「おかえりなさいませ」

エントランスで挨拶をされて驚いた。

この人、コンシェルジュ?
こんな時間まで働いてるの?

時刻は、すでに23時を回っている。

「52階の真田です。今日から彼女も一緒に
 住むので、よろしくお願いします」

さらっとそう言う社長に驚いて隣を見上げた。

一緒に住む!?
私が?

今夜泊めてくれるだけじゃないの?

「かしこまりました。
 では、明日までに手続き書類を揃えて
 おきます。」

社長は軽く頭を下げてエレベーターへ向かうので、私も慌ててまたパタパタと追いかける。