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俺が5歳の時に母親が出て行ってから、うちはずっと父子家庭で。
母親が出て行ったその年の夏に、父方の祖父母のいる田舎に1週間だけお世話になったことがあって。
“みーちゃん”に出会ったのはその初日。
この1週間は俺にとってすごく濃厚な時間だった。
生まれてからずっと都会育ちだった俺にとって、田舎の自然はすごく珍しくて。
近くを探検したくてたまらなかった俺は、祖父母の家から徒歩5分のところにある海辺でひとり、
大好きだった母親とよく一緒に歌っていた歌を口ずさんでいると。
いきなり、見知らぬ女の子の顔がひょこっと視界いっぱいに映って。
『お歌上手だね!』
太陽みたいに明るい笑顔でそう言われたんだ。
その瞬間、ドキンと大きく心臓が鳴って。
今まで自分の歌を聴かせたのは母親ぐらいで。褒めてくれたのも母親だけ。
父親は仕事でほとんど家にいなかったし、俺に興味もなかったと思う。
母親が出て行ってから、久しぶりに褒められる感覚を味わった俺は、胸の辺りがポカポカして。
その瞬間、彼女に心を許したんだと思う。



