「俺には何もない。」
そして何よりも一番不機嫌なのは、この男であった。
今の翔真にはいつものように優しく振る舞える余裕をなくしていた。
「何がだよ。」
未茉は帰り道、お菓子を食べながらふて腐れた翔真と肩を並べて歩いていく。
「だって俺は勝ったのに何もない。」
勝ったのに負けた気分の膨れっ面な翔真に結城や三上は‘やれやれ’と面倒くさそうに二人を残して先を歩いてく。
「まぁまぁ、じゃチョコやるから。」
食べていたチョコクッキーの袋を差し出すと、
「いらないよ。」
「あ、そー。」
ご機嫌斜めな翔真はほっとくかと先行く二人に追い付こうと早足になると、
行かせまいとその手を強引に掴んで引き寄せた。
さらりと彼女の髪がそよ風に泳ぐように靡くと、ふわっとシャンプーのような香りが漂い、彼女の耳元にそっとかけて手を当てる。
「やっぱり貰う。」
「ん?おお」
クッキーの入った袋を出そうと翔真を見上げた次の瞬間、横向きに屈んだ翔真はきつく目を閉じて彼女へと顔を近づけると、
不意打ちに降りてきたのは、柔らかい翔真の唇。
二人の唇が触れ合った時、生暖かい感触を感じながらチュッ…と軽いリップ音が耳に響いた。
まるでその重なりあう唇を味わうかのような、熱い胸の奥底からの伝わる思いが、たった一瞬にして体中に流れてひしめき合うように。